Things I didn't know

放課後。

遂に放課後がやってきた。
午前中と同じ失態は晒すまいと気を引き締めたおかげで、午後の授業は無事に乗り切れた。


授業終わりの生徒で活気溢れる廊下を足早に進む。弾むような鼓動に自然と笑みが溢れる。
昨日も同じように胸は高鳴っていた。けど、昨日とは違う。あの時は不安でいっぱいだったけど、今日は期待感で満ちている。
階段を駆け降り、中庭に続く回廊に辿り着く。
今日は薄曇りで風もあって肌寒いからか、中庭で余暇を過ごす生徒は疎らだ。回廊を歩く生徒も足早に通り過ぎていく。
腕時計を見ると、まだ待ち合わせまで時間があった。(どこで待っとこうかな。)歩く速度を緩め、時間潰しに適当な場所を見つけようとした時、中庭を挟んだ反対側の回廊に見覚えのある三人の姿を見つけた。


「ハリー!ロン!ハーマイオニー!」
昼間のことが頭を過ぎり、躊躇う間もなく走り出しながら名前を呼ぶ。中庭を突っ切ってくる私に気がつき、三人は足を止めて待ってくれていた。

、久しぶり!元気に」
「ごめん!お昼は嫌な思いさせた!」
明るいハリーの言葉を遮って、開口一番深々と頭を下げる。三人は突然の謝罪に驚いた様子で、顔を見合わせた。
が謝ることじゃないよ」
「そうよ!悪いのはマルフォイ達なんだから」
きっぱりとしたハリーとハーマイオニーの言葉に、ぎゅっとスカートの裾を握る。
「それはそうなんだけど……でも、ごめん」
きっと優しい彼らは、代わりの謝罪なんて求めていない。それは分かっているけれど、ドラコの愚行の理由を知っていたらあの場で止められたかもしれない──それができなかった自分が許せない。だからハリー達が望んでいないと分かっていても、謝らずにはいられなかった。

「ロンはもう平気なの? その……ナメクジ吐いたって」
「思い出させないでくれよ……」
ロンは心底嫌そうな顔をして、げんなりと肩を落とした。思い出しただけでも気分が悪くなったらしく、ゲェと一度吐く真似をする。
「ご、ごめん……」
「いいよ。もう治ったし」
そう言いながらも、ロンの顔には明らかに「二度と思い出したくない」と書いてあった。
「ロン、あの日は夜まで大変だったもんね。罰掃除中にナメクジ吐いちゃってさ」
「おい、ハリー。なんで続けるんだよ」
「確かホグワーツ特別功労賞のトロフィーだったわよね?」
「ハーマイオニーまで!」
ハリーとハーマイオニーが笑いながら言葉を重ね、ロンが言い返す。そのやりとりで空気が軽くなった。
ハリーと目が合う。彼が目元を柔らかくしたのに気がついて、私も肩の力を抜いた。やっぱり良い子達だなぁ。


「それよりも、マルフォイのやつさ」
ロンが眉を吊り上げてドラコの名前を出した。いつもなら進んで幼馴染への文句を聞くことはしないけれど、今日ばかりは黙って聞くことにした。ドラコへの罰であり、せめてもの償いだ。
「新しい箒を見せびらかして、シーカーだって自慢しちゃってさぁ、頭に来るったらないよ!なぁにがシーカーに選ばれただよ。どうせ金の力だろ?あんな高い箒まで買ってもらってさ!」
「え?それは違くない?」
段々とヒートアップしてきたロンに、思わず口を挟んでしまった。しまった。慌てて口を噤んだけど、三人に不思議そうな視線を向けられて仕方ないと口を開く。

「ドラコ、箒に乗るのは結構上手いのよ?じゃないと、いくら賄賂……箒を贈ったからって、実力がないなら一番大事なポジションには選ばれないでしょ?スリザリンだって自分で勝ちを逃すような真似はしないわよ」
ホグワーツ入学よりずっと前から、箒で空を飛ぶのは上手な子だった。見せてもらう度にどんどん上達し、自由自在に空を飛び回るドラコを何度も見てきたから、この評価には自信がある。

私の話を聞いて、三人はこれ以上ないほど目を真ん丸にした。その目を真っ直ぐに見返しながら「それに」と言葉を続ける。
「性能の良い道具を使うのはルール違反じゃないでしょ。勝つための正当な手段じゃない」
そもそも、勝利のために手段を選ばないのはグリフィンドールも同じでしょう?昨年、入学したてのハリーをシーカーに抜擢して、ニンバス2000まで与えたことは知ってるんだから。
口には出さないけれど、心の中で付け足した。

「……、君って僕らの味方じゃないのかよ」
ロンが恨めしそうにそう言ってくる。ハリーとハーマイオニーもショックを受けた顔をしていた。三人の反応に胸がズキッと痛んだけど、これは譲れない。
「なんでも肯定するのが友達じゃないでしょ?」
ドラコの肩を持つわけではないけど、事実は伝えるべきだと思った。少し口の端を上げながら言えば、三人はそれぞれ何か言いたそうに唇を動かした。

「……それは、そうだけど」
最初に声を出したのはハリーだった。一応肯定しながらもどこか言葉を濁している。ハーマイオニーやロンは納得しきれない顔をしていたが、うまい言葉が見つからないのか何も返してこない。
折角ハリー達が気を利かせて和ませてくれた空気を再び微妙なものにしてしまった。気まずさを感じながら「それで?」と問いかける。
「え?」
「ドラコへの愚痴、まだあるでしょ?呪いをかけるくらい嫌な事言われたんじゃないの?」
ロンと目を合わせると、またロンの眉がキッと吊り上がった。
「もっと酷いよ!アイツはハーマイオニーのことを侮辱したんだ!」
「……侮辱?」
その単語に、胸が嫌な感じに跳ねた。
じっとロンを見つめると、ロンはハーマイオニーの方を見た。ハーマイオニーは一瞬だけ迷うように目を伏せ、それから小さく頷いた。ロンは苦々しげな表情になる。
そして声を顰めると、──その最悪な言葉を口にした。


「穢れた血って」


ひゅっと息を吸う音が、随分遠くから聞こえた気がした。
冷水を浴びせられたかのように全身が冷える。なのに、頭だけがカッと熱くなった。
「あいつ……なんてことを」
絞り出すような声は低く、震えている。気がつけば、拳を強く握りしめていた。

きっと、ドラコはあえて隠したんだ。
そんなことを自慢げに言ったが最後、私が激怒すると知っていたから。
(ちょっとは心配したのに)
自分だけが被害者みたいに話したりして!


恐る恐る名前を呼ばれ、我に返った。目の前には、心配そうにこちらを見つめるハリー達がいる。
胸中に渦巻く怒りを落ち着かせるために大きく深呼吸をして、それからハーマイオニーへ向き直った。
「ハーマイオニー、ごめんなさい」
「だから、が謝らないでちょうだい」
最初よりもずっと深く頭を下げる。ハーマイオニーが許してくれても、すぐには頭を上げられなかった。

「あいつにも、必ず謝らせるから」
ドラコを問い詰めなければ。今はもう、そのことしか考えられなかった。



知らなかったこと