Secret Promise

今日最後の授業が終わった瞬間、光のスピードで荷物をまとめて教室から飛び出した。
朝受け取った手紙には、クィディッチ練習場に「何時に」来いとは書かれていなかった。放課後なのは間違いないけど、正確な時間が分からない以上できる限り早く行かなくては。
そう思い、授業終わりの生徒で混雑し始めた廊下を、ぶつからないように避けながら小走りで進んでいた、のだけど。

「あら、。そんなに急いでどこに行くのよ」
進行方向の教室から出てきたレイラに呼び止められてしまった。
(タイミング悪い!)
思わず口に出しそうになったのを、慌てて飲み込む。
正体不明の誰かから呼び出されたから行ってくる、なんてレイラには言えない。絶対、言えない。何とか良い言い訳がないかと、授業終わりで糖分不足の頭をフル回転させる。

「……えっと、図書館に本を借りに行こうかと」
「あら、奇遇ね。私も本を返しに行きたいと思ってたのよ。一緒に行きましょう」
「……あっ!忘れてた!私、今日の宿題のことでスネイプ教授に聞きたいことがあるんだった」
「それなら逆方向よ。まさか教室までの道を忘れたなんて言わないわよね?」
「えっと、その、あの」
咄嗟に思いついた嘘はあっという間に看破されてしまった。それでもどうにか言い逃れできないかと口籠る私に、レイラは訝しげに形の良い眉を顰める。ああもういっそのこと、めちゃくちゃ怒られるのを覚悟で本当のことを言ってしまおうか。
そう思った時、こちらへと向かってくる人波の中に一際目立つ顔を見つけた。

「セドリック!」

救世主が現れた!!その安心感から思った以上に大きな声が出てしまった。隣でレイラが驚いた表情になったし周囲からはいくつも視線が向けられた。しまったと思ったけど、そのおかげでセドリックが私に気がついて眩しい笑顔を見せてくれたから良しとしよう。

「やあ、。僕に何か」
「セドリック!私達、今日は散歩に行く予定だったよね!?」
一緒にいたハッフルパフ生と別れて、こっちに来てくれたセドリック。人の良い笑顔を浮かべた彼が何かを話す前に、強い口調でそう言い放った。
(お願いだから何も言わないで頷いて!)
キョトンと丸くなった瞳に、そんな念と圧を込めつつ見つめること3秒。

「ああ、そうだった。僕としたことが君との約束を忘れていたよ」

ちょっとわざとらしい動作でポンと手を打った後、セドリックはスマートに私の肩に手を添え、「しばらくを借りても良いかい?」とレイラに言葉をかける。
ハンサムスマイルを前にしてもレイラは顰めっ面だったけど、じいっと私と睨めっこをした後、大きく溜息を一つ吐き出した。
「……仕方ないわね。、くれぐれも遅くなるんじゃないわよ」
鼻の前にビシッと人差し指を突きつけられて何度もコクコクと頷けば、レイラはそれ以上は何も言わずに歩いて行った。

なんとかうまくいった。レイラの姿が生徒の波に紛れたのを見届けほっと胸を撫で下ろしていたら、隣でふっと笑う気配がした。つられるように視線を向ければ、悪戯っぽい表情のセドリックと目が合った。

「それで、?僕は君をどこにエスコートしたら良いのかな?」
からかい混じりの問いかけは、全部分かってる証拠。嘘に付き合わせてしまったことに申し訳なさを感じながらも、今は彼の好意に甘えることにした。
「クィディッチ競技場に行きたいんだけど」
そう答えると、任せろとばかりにウインクを一つして歩き出した。
「ありがとう、セドリック」
「良いよ。訳ありなんだろう?」
「……うん」
大切な約束がある、とは言わなかった。
セドリックもそれ以上は聞いてこなくて、代わりに闇の魔術に対する防衛術の噂──初回の授業で出されたロックハート先生まみれの謎テストで満点を取った子がいるらしい──を教えてくれた。その子、かなり重度のロックハートファンなんだろうな。私なんてテストの半分も解かないうちに飽きて考えるのもやめてしまったのに。
その後は2年生の授業ではピクシーを暴走させたという話やお互いの選択授業の話をしていたら、いつの間にかクィディッチ競技場が見えてきた。

「じゃあ、。僕はここで」
ここで良いよとこちらから切り出すよりも早く、セドリックはそう言って足を止めた。
「セドリック、このお礼はいつかするから」
「これぐらい、別にお礼なんて良いんだけど……まあ、何かあったらに言うね」
「うん。その時は任せといて!」
「ははっ、期待しとくよ」
力強く答えた私にセドリックはにこりと笑い、軽く手を挙げてから今来た道を戻って行った。芝生の上に伸びた長い影が見えなくなるまで見送ってから、競技場へと向き直る。

「……よし、いくぞ」
自然と早歩きになりながら、競技場への道を一人で進んでいく。
(ジョージ、待ってるかな)
呼び出し人が本当にジョージだったとして、最初になんて言おうか。無視してごめんねって謝る?手紙返してくれなかったねって一言文句を言ってやろうか?そう考えるのと同時に、ジョージはどうして呼び出してきたんだろうと、一日中考えていたことを頭に浮かべる。ジョージは怒っているんだろうか?謝るつもりなんだろうか?まだ私と話してくれるだろうか?
競技場に近づくにつれて早まる心音に、落ち着けと胸の前で右手を握る。

「おい」
「っ!!」
不意に後ろから聞こえた声に、足が止まった。

(ジョージだ。)そう思うのにすぐに振り返ることができない。握りしめた右手が小さく震えているのに気がついて、ぎゅっと左手を重ねる。──大丈夫。自分に言い聞かせるように唱えて、ぎこちない動きで振り返る。

まず目を奪われたのは、燃えるような赤毛。数メートル離れていても、傾きかけの陽光を浴びた髪がキラキラと光るのが見えて、不安を吹き飛ばすくらいすごく綺麗だった。それから射抜くように見てくる茶色い瞳と目が合い、開きかけた口はそのままの形で固まった。
ひゅう、と秋の冷たさが混じった風が私とジョージのローブを揺らす。


風に乗って先に届いたのはジョージの声。呼ばれた名前にどきっと胸が鳴る。
うまく返事ができずにいる間に、むすっとした表情のジョージがずんずんとこっちへ近づいてきた。数歩手前で立ち止まったジョージは眉間にちょっと皺を寄せながら、引き結んでいた唇をゆっくりと開いて。

。君、夏休みの間に背が縮んだ?」
「…………はあぁっ!?そんなわけないでしょ!貴方が伸びたのよ!!っていうか、一番に言うのがそれ!?」
一瞬何を言われたか分からなかった、けどその直後には噛みつかんばかりの勢いで言い返してしまった。しかも怒鳴り返すのと同時に詰め寄ってしまい、ハッと気がついた時にはジョージがすぐ目の前にいた。
思いがけない距離に焦る私に対して、ジョージは私の勢いに一瞬目をパチリと瞬かせていたけど、すぐにおかしそうに笑い声を上げ始めた。

「あはははっ!ごめんって!」
「っ、ジョージ!」
強めに諌めれば、ジョージは笑い混じりに「ごめんごめん」と謝る。相変わらず失礼なやつ!さっきまでのどきどきも緊張もどっかに行ったわよ!ふんっとそっぽを向けば、ようやく笑うのをやめた。
「ごめん、
「はぁ。もう良いわよ」
真面目なトーンで告げられた謝罪を受け取らないほど大人気なくはない。ちょっと残っていた怒りは腹の中に飲み込んで、表情を改めたジョージを見上げる。交わした視線の先で、少しだけ瞳が揺れた。

。悪かった」
「だから、もう良いって」
「じゃなくて……手紙。返さないままでごめん」
さっきまでの笑い声は嘘だったかのような静かな声で謝罪を口にして、私の表情を窺いながら言葉を紡ぐ。

「君からもらった手紙、ちゃんと読んだよ。でも読んだ後、フレッドに見つからないように教科書の中に隠してたら……ごめん、そのまま忘れてた。ホグワーツ行きの荷造りをしてる時に思い出したんだ」
本当に申し訳なさそうに話してから、ジョージは気まずそうに視線を逸らした。
教科書に隠したまま忘れちゃうなんて。少しばかり呆れを覚えたけれど、返事をくれなかった理由は予想の範囲内で。
(ジョージらしいや。)
そんな感想を抱いたと同時に胸の中に残っていたモヤモヤが消えてしまった。
レイラには甘いって言われるんだろうなと思いながらも、ジョージが手紙を読んでくれていたことと、返事を出さずに悪いと思っていたことが分かったら、もうこれ以上怒ることはできなかった。

「そっか」
さっぱりとした気持ちで返した一言に、ジョージはちょっと困惑した様子で再び視線を合わせてきた。
「そっかって、それだけ?だって君、僕が手紙を返さなかったから、めちゃくちゃ怒ってたじゃないか。だから僕のこと散々無視したんだろ?」
「あれは怒ってたわけじゃなくて……まぁ、意地は張ってたんだけど」
無視していた件を言われて、今度は私が視線を逸らす番だった。
きっかけはレイラだったけど、自分の意思で無視したのは確かで。でもそれを告げるのは憚られて、モゴモゴと言葉を濁すしかできず。

「無視してごめんなさい」
「……許さない」
「ええっ!?」
ジョージも謝ってくれたことだしと自分の非を認めて謝ったのに、返答はまさかのNO!驚いてジョージを見れば、目が笑っていることに気がついた。
がもう無視しないって言うなら、許してあげよう」
つい数秒前まで及び腰だったっていうのに、今はこっちの反応を楽しんでいるジョージに、負けたくないという謎の反発心が湧いてきた。

「つまり、ジョージは私と話したいってこと?」
深く考えるより前に口から飛び出した言葉に、声を無くしたのはジョージだけじゃなかった。
言葉のチョイスを盛大に間違った気がする!にわかに熱くなって頬には気がつかないふりをしてジョージを見れば、絶句した一瞬を取り繕うようにぎこちない笑みを浮かべていた。
「君こそどうなんだよ。僕に話しかけてもらいたかったんじゃないのか?」
「さぁね、どうかしら」
あっという間に返ってきたブーメランを素っ気なく躱す。
ああ、まずい。このままだとまた意地を張ってしまう。焦る胸中とは裏腹に、そう容易く素直な言葉は出てこず、重たい沈黙が流れて。

「!」
徐に差し出しされた手に、パッとジョージを見上げる。

居心地悪そうな顔で「これで分かるだろ」ぼそりと零した言葉に言い返すよりも早く、両手でジョージの手を握り返していた。

「うんっ!4年生でもよろしくね、ジョージ!」
嬉しさを隠しきれず弾んだ声で伝えたら、「……こちらこそ」と照れ臭そうに答えてくれたから、握る手には一層力が込もった。






「ところでジョージ。一つ相談なんだけど」
「なんだよ?」
和解できたのだからと夏休みの話をしていたら、あっという間に夕焼け空は群青色に染まり始めてしまった。
夕飯に遅れるわけにはいかず、もう帰らないといけないことを残念に感じながらもジョージと並んで歩けることは心底嬉しい。城への道を歩きながら、重大な悩みを投げかけてみた。
「私、いつでも貴方に話しかけて大丈夫?」
結局口にはしなかったけど、正直に言えば私はジョージともっと話がしたい。仲良くなりたい。
でもそれができる時と場所が限られていることも分かっていた。だって私とジョージは、「スリザリン生とグリフィンドール生」だから。
人目を気にせず仲良しこよししていたら、周りからどう思われるかなんて、お互いによく分かっているはずだ。

「あー……そうだなぁ……」
みなまで言わずともジョージも察したようで考えるように腕を組んでいたけど、ほんの数秒もしないうちに「あっ」と明るい声を上げた。
「そうだ!あれがあるじゃないか!」
「あれって?」
何かを思いついたらしいジョージに続きを促したけど、ジョージはニンマリと口の端を上げて「今は教えない」と意地悪く答えるだけ。何それ、気になるじゃない!
「ほら、もう暗くなってきた。急がないと食いっぱぐれるぞ!」
「ちょっと、ジョージ!」
楽しそうな顔でそう言うと、私の返事は待たずに城に向かって走り出してしまう。
その後を急いで追いかけ、城に着くまで何度も問い詰めたけど、ジョージは「秘密。お楽しみは明日のふくろう郵便までお預けさ」と意味深に言うばかりで、結局何も教えてくれなかった。






翌日、牛乳入りオートミールを食べながら、視線は何度も天井と皿を行ったり来たりしていた。
「どうしたの、。そんなにソワソワして」
「そんなことないって」
レイラの言葉に答えた時、大窓の方から慌ただしい音が聞こえてきた。
ふくろう郵便の時間だ!パッと顔を上げて大広間中を飛び交うフクロウ達を見つめていれば、茶色の梟がこっちへと向かってくるのが見えた。真っ直ぐに急降下してきた梟が降らせた物を両手で捕まえる。
そっと開いた手の中に収まっていたのは、折り畳まれた小さな羊皮紙。
広げてみても手の平の半分ほどしかない紙は表も裏も真っ白で、何も書かれてはいない。きっとこれがジョージの言っていたお楽しみなんだろうけど、一体何?

「……。もう一回聞くけど、ウィーズリーには謝らせたのよね?」
首を傾げて羊皮紙を観察していたら、レイラが不機嫌そうな声で問いかけてきた。
昨日の夜、レイラにはジョージと和解したことを伝えていた。その時にも何度もジョージから謝ってきたのか、ジョージに文句を言ったのか聞かれていたのだけど、まだ納得できていないみたい。
「うん。ちゃんとごめんって謝ってくれたよ」
「……はあ、分かった」
レイラの問いかけに頷けば、なんとも言えない表情でカップを持ち上げる。多分、レイラはジョージのことを許していないのだろう。それでも自分の気持ちを飲み込んでくれた親友の複雑な胸中を察して、何と言おうか迷って視線を落とした時。
「えっ!?」
手の中の羊皮紙を見て、目を丸くした。白紙だったはずの羊皮紙に『17時に中庭で』の文字が現れているではないか。そこにあったのは紛れもなく昨日と同じ筆跡──ジョージだ。
一体どうやって。目を瞬かせている間にも、じわりとインクが滲んできて文字が書き足されていく。

『話したいことがあれば、ここに待ち合わせ場所を書いて。そこで会おう』

その言葉に驚くとともに、温かい気持ちが全身を駆け巡った。
2人で会って話す方法をジョージが考えてくれた。そのことが嬉しくてたまらず、唇が緩むのを止められない。
「まったく……そんな顔されたら何も言えないじゃない」
「う……ごめん」
「もう良いわよ。に免じて、今回だけは水に流してあげる」
「ありがとう、レイラ!」
心からの感謝を伝えれば、レイラは一層苦々しい表情になって大きく息を吐き出した。


秘密の手紙