Can two friends do it?

「迷ったー」
吐き出した声は、無人の冷たい廊下に虚しく響いた。
まさか暮らし始めて3ヶ月も経って道に迷うことになろうとは。やっぱ、あそこで回転階段を使ったのがまずかったか。
きょろきょろと周りを見回し、溜め息を零す。そうして適当に道を選んで足を進める。

「大広間の飾りが見たいー。パンプキンパイが食べたいー……ん?」
そして微かに聞こえてきた自分が発した以外の音に足を止め、耳を澄ます。
そうすると、それが求めている大広間の楽しげな声では無く、誰かの啜り泣く声だということが分かった。
「……行かなくてもいいかな」
瞬時にその声の主がハーマイオニーであることに思い至り、思わずそう呟いてしまった。
だって、これハリーとロンが全部どうにかしてくれるし、わざわざ乱入して三人組が結成しなかったら最悪だし。
そう考えて、女子トイレの前を素通りしようとして、
「……グレンジャー、いるんでしょ」
無理でした。
泣いてる女の子を放っておけますかっての。


「……?」
唯一鍵がかかっていた個室から、戸惑った涙声が返ってきた。
関わらないって決めたのに、何やってるんだか。音に出さないように息を吐く。
「そうだよ。もうハロウィーンパーティーやってるよ。早く大広間に行こうよ」
……いや、行っちゃダメなのか。今からが超重要イベントが発生するんだから。
トイレの外に耳を澄ましてみたけど、まだトロールのものらしき音は聞こえない。
「……どうしてあなたが私を誘うの?はスリザリンでしょ?」
時折、鼻を啜りながらハーマイオニーは言う。
「スリザリンだから何?ハロウィンパーティーに誘うのもダメなの?」
思ったことをそのまま口にした。ドアの向こうでどう返すか逡巡する気配がして、少し待っていたら「だって」と掠れた声が聞こえてきた。

「スリザリンはマグルなんて……私なんて嫌いなんでしょう?」
消え入りそうな声がシンと静かな空気に混ざる。個室のドアが立てるカタカタと震える音にハーマイオニーの緊張が溢れ出ていて、思わず小さく笑ってしまった。
「ぶー、不正解。私はグレンジャーのこと好きだよ」
「…う、うそだわ」
「失礼だなぁ、嘘じゃないって」
頭がいいところ。頑張り屋なところ。強気で素直じゃないところ。それに、友達のために一生懸命になれるところ。
その理由を挙げればきりがないくらいに、私は「ハーマイオニー・グレンジャー」という女の子が好き。
――ただし、それを本人に告げることはないけど。
「それなら……あなたは私と友達に」
「それは無理」
少しばかり期待の込められた問いかけをばっさり切って、それなりにダメージを受けたであろうハーマイオニーにフォローを入れる。
「でも大丈夫。友達なんてすぐできるから」
「っ無理よ!私、友達なんて作れない!!」
恐らく、それは悩んでいる人に言ってはいけない言葉。実際、ハーマイオニーは今までよりも大きな声で反論してきた。
でも今だけは、彼女に対してだけは絶対だと言える。それこそ、微塵の迷いなんてなく。

「大丈夫。絶対にできる」
もう一度力強く繰り返した言葉に、ドアの向こうの空気が揺れた。
「……本当に、そう思う?」
「うん」
それだけ返して静かに待っていたら、小さく鍵が外れる音がした。
ぎぃっと軋んだ音を立ててドアが開く。

「うわ、すっごい顔」
「……分かってるわよ」
ようやく出てきたハーマイオニーの目元は痛々しく腫れていて、この超重要イベントに必要だったとはいえ、後でロンのことを一発殴ろうと心に決めた。
ハーマイオニーが涙を拭うのを見ていたら、不意に床が揺れた。まだ小さなそれにトイレの外に意識を向ければ、近づいてくる気配に気づいてローブの下で杖を握る。
、もう大丈夫よ。ありがとう。大広間に行きましょう」
ちょっと不恰好に笑ったハーマイオニーが外へ出ようとドアの方を見て、
「っ!!?」
それと同時にトロールがトイレの中へと入ってきた。
叫び声も上げられず固まってしまったハーマイオニーの腕を引き、すぐに背後に庇う。
ガチャンと扉が閉まる音に、舌打ちをする。もう、バカ2人!!
「な、なんで、トロールが!」
「大丈夫、ハーマイオニー。何とかするから」
「何とかって……きゃあああああっ!!!」
ブンッ!!棍棒が空気を裂き、鋭い音が間近に迫る。それを躱して、杖の先をトロールに狙いを定める。
「ステューピファイ、麻痺せよ!!」
杖から出た赤い閃光はトロールの頭に直撃した――けど、全然効かなかった。二、三度頭を振った後、トロールは棍棒を振り下ろしてきた。
「プロテゴ、護れっ!」
ガンッと固い音と強い衝撃に歯を食いしばる。予想以上に重たい衝撃に、膝が床に着く。だけどなんとか防げた。
棍棒が跳ね返されたことに、トロールは少しの間ぽかんとしていた。けれど、もう一度さっきよりも大きく振りかぶり、

「ハーマイオニー!!」
!?」

ハリーとロンが駆け込んできた。その音に、トロールは棍棒を頭上に掲げたままの格好で二人を見下ろした。
マズイ、棍棒が!
危ない!!そう叫ぶよりも前に、ハリーはロンを引っ張って攻撃範囲から回避した。さすが主人公。
トロールが空振った隙に、ハリーは勇敢にもトロールに直接掴みかかりに行った。ほとんど魔法が使えないとはいえ、そんな無茶な!
頭に捕まり、ぶんぶんと左右に揺らされるのをハラハラしながら見ていたら、トロールが棍棒を頭の上まで持ち上げた。
「ロン、魔法よ!魔法を使って!」
ハーマイオニーの言葉にロンが杖を取り出す。

「ウィンガーディアム・レビオーサ!」

その呪文が叫ばれた瞬間、今まさにハリーの体を吹き飛ばそうとしていた棍棒が、トロールの手を離れて宙へ浮いた。
魔法が切れる直前、ハリーは床へと飛び降りる。
ボコッ!
落下した棍棒がトロールの頭に直撃して、鈍い音が響いた。
ぐらりと巨体が傾いた先には、尻餅をついたハリーが。

「プロテゴっ!!」
気づいた時には、呪文を叫んでいた。

目に見えないバリアがトロールを押し上げ、ハリーを守った。
杖が折れそうなほどの加重に、両手で杖を握る。
「早く退いて!!潰れたいの!?」
すぐにでも魔法が解けそうな危機を感じて焦りのままに怒鳴ると、ハリーは素早くトロールの下から逃れた。
安全地帯に避難したのを視界に捉えたのと同時に魔法が解け、強い力の反動で体は後ろへ吹っ飛ばされ、瓦礫の散乱する床に盛大に尻もちをついた。
!大丈夫!?」
「うん、ありがと――」
「あなた達!!何をしているのですか!?」

駆け寄ってきてくれたハーマイオニーへのお礼を遮って、マクゴナガルの鋭い声が響いた。
扉の方を見れば、そこに立ち尽くしたマクゴナガルが顔面を蒼白にしてわなわなと唇を震わせているのが分かった。
「先生、あの、これは」
「あなた達は一体何を考えているのですか!」
事態の経緯か言い訳か。怯えつつも勇敢にも言葉を重ねようとしたハリーは、マクゴナガルの怒り心頭な様子に口を閉じた。うん、わかるわかる。これは怖いわ。
「一年生が大人のトロールを相手にするなんて!!死んでいたかもしれないのですよ!!」
ごもっともです。ろくに自分を守る魔法も戦う魔法も習得していない状況で挑むなんて、無謀も良いところでしたよ。
……まぁ、この子達にはその圧倒的に不利な状況からでも盤をひっくり返せるだけの強運があるんですけどね。目の前で見て改めて思ったわ。

「先生、全部私のせいなんです!」
ノンストップで続くと思われたマクゴナガルを止めたのは、ハーマイオニーの叫ぶような声だった。
マクゴナガルだけでなく、ハリーとロンも目を丸くしてハーマイオニーを見つめる。
「私、本を読んでトロールを倒せると思って……ハリーとロン、それには私を助けに来てくれたんです!3人が来なければ、今頃私死んでました」
――ああ、やっぱり優しい子だな。その嘘でこの一ヶ月間積み上げてきた優等生の評価がふいになってしまうのに。
マクゴナガルの失望したという言葉と視線に、ハーマイオニーは震える手を強く握った。俯いてしまった顔を下から窺えば、辛そうに表情を歪めている。

「今後、このようなことはしないように。今回は運が良かっただけです。……さあ、寮にお戻りなさい。ハロウィンパーティーの続きをやっています」
少しばかり落ち着いた声に大人しく従って扉へ向かう。
「ミス・、あなたは医務室へ。血が出ていますよ」
「わ、ほんとだ」
その言葉に右膝から血が伝っているのに気づき、慌ててスカートからハンカチを取り出して拭う。
「スネイプ先生、頼みましたよ」
「……着いてこい」
こっちは一応怪我してるんですけど。
さっさと歩いていく教授に心の中で文句を垂れる。しかし、教授の不自然な歩き方に、そういえばこの人の方が重症だったと思い出す。
、ごめんなさい。私……」
「いいから。グレンジャーが気にすることないから」
着いて行こうしたところを呼び止められ、ひらひらと手を振る。回避可能なイベントにわざわざ足を突っ込んだのは私だし。
スネイプの姿を見失いそうで、慌てて話を切り上げて走り出す。
!私、頑張ってみる」
そして、追いかけて来た声に再び足を止める。振り返れば、なにかを決意した強い目が真っ直ぐに見て来ていた。
その目を無言で見つめ返すと、ハーマイオニーは踵を返して走り出した。

――強いなぁ。

ハリー達を追って行く後ろ姿に、素直に思った。
どうか、うまくいきますように。
そう願わずにはいられない。

友達二人できるかな?