芝生の上に並んだ箒とその隣に立った少年少女。
彼らは真剣な表情で口々に「上がれ」と箒に向けて命令をしている。
実際に見たそれは、結構異様な光景だった。
若干引きながらそんな感想を抱き、少し離れたところに立つハリーの姿を盗み見ると、彼は丁度箒を手に掴んだところだった。
ハリーは驚きながらも喜びの表情になった。隣のハーマイオニーはハリーを見て目を見開いていたが。
そんな微笑ましい彼らを見ていたかったけど、今は授業中。
苦い息を吐いて、周りの生徒と同じように箒の上に右手を出し、
「……上がれ」
途端、もの凄い勢いで箒が飛び上がってきた。手のひらが痛いっての。
その時、フーチ先生の指示が聞こえてきて、スカートを気にしつつ箒に跨がる。
飛ぶことへのワクワクがないわけじゃなかったけど、それでも私は何をしているんだろうと頭の片隅で思う。
他の子達は何であんなに平然としてるのか。……あぁ、文化だからか。
そう考えている間にまた指示が出て、
「落ち着きなさい、ネビル・ロングボトム!」
ネビルが宙に浮かんだ。
ふらふらと上空に上がっていたネビル。フーチ先生の声に更にパニックになってるみたいで、その間にもどんどん上空へと上がっていく。
そして、急にぐんと加速すると右へ左へ猛スピードで飛行をし始めた。
あれに振り落とされないなんて凄いなーとか思ってたら、ネビルが像に引っ掛かってしまった。
ちょっとちょっと、原作準拠じゃないんですか。そんなツッコミをしながらネビルを見て、次に気づいた時には箒に跨り地面を蹴っていた。
「おい、!?」
マルフォイの驚いた声が聞こえたけど、振り返らずに箒直線にネビルの元へと飛んで行く。
このまま落ちても、ネビルは手首を骨折するだけ。でも実際に目の前にしたら、骨折なんかで済む高さには思えなくて。
あと少しという時にネビルのローブが破れ、落下するネビルに身を乗り出して両手を伸ばし、
「――っう!」
がくんっと凄い勢いで体が引っ張られた。
これ、腰とか筋とか痛めた気がする。
瞬時に体を襲った激痛に顔を顰めつつも、ネビルの腕を掴んだ手に力を込める。
そのままゆっくり下降し、芝生の上にネビルを下ろす。芝生に倒れたネビルの体に視線を走らせ、目立った怪我がないこと確認し安堵の息を吐いた。
「ロングボトム!!」
それと同時に、鋭い声で名前を呼ばれて体が竦む。
振り返れば、大股にこちらに歩いてくる鬼の形相のフーチ先生。
「、あなたは何をしているんですか!」
「う……ごめんなさい」
ものすごい剣幕に思わず正座をして、体を縮こませる。
「まったくあなたは」
「あ、あのフーチ先生!お説教なら後からちゃんと聞きますから、ロングボトムを医務室へ連れて行ってくれませんか?」
言葉を重ねようとするのを遮って、グリフィンドール生に支えられて体を起こしているネビルを指差す。
涙を浮かべたネビルを一瞥して、フーチ先生がまた鷹のような鋭い目でまっすぐに見てきた。
「夕食の後。私の部屋に来るように」
「……はぁい」
「いいですか?全員地面に足をつけて待っているように。さもないと、クィディッチの『ク』の字を言う前にホグワーツから出て行ってもらいますよ」
迫力たっぷりにそう言い残すと、先生はネビルを起こして城の中へと入って行った。
「」
それを見送っているとマルフォイに呼ばれ、そっちを見ればスリザリン生がなんともキツい顔で見ていた。
うわ、やってしまった?
あははと乾いた笑顔を浮かべようとして、足元にガラス玉が転がっていることに気づいた。
「それ、ロングボトムのじゃないか。どこかに置いといてやろうぜ」
拾い上げるとマルフォイが近寄って来て、意地の悪い顔でそう言う。
……ネビルには悪いけど。差し出された手に思いだし玉を置こうと腕を上げ、
「やめろよ、マルフォイ!」
ハリーが制止の声を上げた。
びっくりしてそっちを見れば、怒る寸前みたいな真剣な顔でマルフォイを睨みつけていた。
ハリーとマルフォイの睨み合いに他の子達も参加して、一触即発の空気になる。
「、思いだし玉を返してくれ」
不意にハリーが私を見て、反射的に返しそうになった――のを寸前で止める。
だって、返しちゃったら、ハリーのクィディッチ入りが無くなっちゃうからなぁ。
緑の瞳を見返し小さく息を吐いて、マルフォイの掌に思いだし玉を落とす。
大きく見開かれたハリーの目がいたたまれなくて、視線を逸らしながら。
「はい、マルフォイ。どこか高い所にでも置いておけば」
「ははっ、そいつはいいな!」
くつくつ笑って、マルフォイは箒に乗った。おお、すごい乗り方。
ってかそんな乗り方で落ちないでよ、助けに行かないからね。
「マルフォイっ!」
ハリーの怒鳴り声。マルフォイに挑発され、ハーマイオニーと言い合った後、ハリーは軽々と箒で空を飛んだ。
マルフォイが目を瞠るのを見て、ざまぁと内心でほくそ笑む。
そのまま黙って成り行きを見守っていれば、知っている通りに事態が動いた。
ドラコの手から離れ、城めがけて飛び、重力に従って落ちてくる思いだし玉。
その後を追って猛スピードで飛行するハリー。
城壁が迫っているのに、そのスピードはむしろ加速するばかり。
衝突する!女の子の金切り声が上がる。
だけど、ハリーは壁の直前で華麗に一回転すると、キャッチした思いだし玉を高々と掲げた。
一瞬の沈黙の後、グリフィンドールから歓声が爆発した。ロンやシェーマスに揉みくちゃにされながらハリーは興奮に頬を上気させている。
それを見ながら、大きく息を吐き出す。
よくもまあ、あんなに危ないことを躊躇せずやっちゃって。
「ハリー・ポッター!!」
その時、城からマクゴナガルの声は盛り上がっていた空気を凍らせるには十分なものだった。
振り返ると、マクゴナガル先生はいつもの凛とした表情はどこへやら動揺した様子でハリーを呼ぶ。
呼ばれたハリーはと言えば、数秒前とは真逆の強張った表情で、思わず笑ってしまった。
だって、これが夕飯の時にはまた笑顔に戻って、しかもマルフォイにドヤ顔しちゃうんだから。
重たい足取りでマクゴナガルの所へと行くハリー。マルフォイ達が勝ち誇ったように笑うのを見て、更に力をなくしていて。
「おめでとう、ハリー」
ハリーが隣を通る時に声をかければ、ひどく辛そうな顔になった。
きっと皮肉って思われてるんだろうな。
城の中に消えるハリーの後ろ姿を見て、ふふっと笑う。
だって今じゃないとお祝いできないし。
「、ポッターの顔見たか?」
笑い混じりにマルフォイが話しかけてきて、ことんと首を傾げる。
「どうかしたのか?」
「……名前、で呼んだと思って」
「だってあの顔が見れたのはのおかげだからな」
そう言うマルフォイの顔に私に対する邪気はなくて。
ほんと、ハリー(とネビル)には悪いけど、どうやらこれは私にとっても好機だったみたい。
……というか私、空飛んだんだ。
箒を片付けながら、今更ながらそのことに思い至る。
そうしたら、じわじわ胸の奥から興奮が湧き上がってきて、口元が緩むのを抑えられなかった。
空を飛んだ日