人の合間を縫って走ると、パタパタと鞄が跳ねた。
「っ、スネイプ教授!」
ダイアゴン横丁にしては暗い雰囲気がする店の傍らに佇む教授を見つけて、掠れ気味の声で名前を呼ぶ。
「お……お待たせしました。ぜぇ…杖選びに時間がかかって」
直前で急ブレーキをかけて、膝に手をつき背中を丸めて酸素を取り入れながら言葉を吐き出す。
だけど返ってきたのは素っ気ない鼻息で、顔を上げれば不機嫌そうな真っ黒な目と視線が合った。
「言い訳はよい。これ以上こんな場所で時間の浪費などしたくない。さっさと帰るぞ」
くそっ!分かっていてもやっぱり嫌なやつ!
胸中で毒突き、姿くらましをしようと手を伸ばしてくるスネイプを睨むように見て、
「……先生?」
ある一点を見たまま視線を固まらせた教授に、ぱしぱし目を瞬かせる。
窺うように声をかけてみても一切の反応はない。
なんだろ、いったい。
不思議に思いながら彼の視線を追って――――、
「っ!!」
同じように言葉を無くした。
だって、視線の先に――ハリーが、ジェームズが、リリーがいた。
ジェームズとリリーの間にハリーがいて、二人を見ては楽しげに笑っている。
ずっと望んでいた光景が、そこにあった。
言葉にならない感動が瞬く間に胸いっぱいに広がって、早鐘を打ち始めた心臓を服の上から押さえる。
――と、不意にリリーの緑の目がこちらを見た。
「セブ!!」
途端、ぱっと笑顔になってそう呼んだリリーに、スネイプは我に返ると苦虫を噛み潰したような表情になった。
しかし駆け寄ってくるリリーを前に立ち去るという選択肢はないらしく、彼女が傍まで来るのを黙って待っている。
(きっと内心ではすっごく嬉しいんだろうな……)
仏頂面を見上げながら、リリーを愛する彼の心中を推測してみる。そう思うとスネイプの口元は微かに緩んでいるように思えた。
「セブルス!貴方に会うなんて、何時ぶりかしら!ねえ、ちゃんと食べてる?寝てる?また細くなったんじゃない?」
「リリー、我輩は……」
目の前まで来たと思ったら矢継ぎ早に質問をし始めたリリーに、スネイプは眉を寄せながら口を開き、
「やあ、スネイプ」
リリーの横へ悠然と現れたジェームズに、唇を歪ませて眼光を鋭くした。
「ポッター…」
小さく搾り出すように声から滲み出てくる憎悪には下手したら殺意すら含んでいそうで、無意識に口の端が引きつった。
……さっきまでのちょっと嬉しそうな雰囲気はどこにやったのよ。
一方的に敵対心剥き出しの教授を見上げていたら、余裕な表情のジェームズが私に一瞥をくれる。
「で、隣のお嬢さんは?まさか、君の子供?」
「貴様は馬鹿か。そんなわけないだろう」
「だよね。こんな可愛らしいお嬢さんが、君みたいな奴の子供なわけないよね」
一瞬だけスネイプに視線を向けて、それから人当たりの良さそうな笑みを私に向けてきた。
「こんにちは。ホグワーツの生徒かい?」
「は……、はいっ!今年入学なんです」
まさかこの人とまた話すことができるなんて。
心臓がドキドキと五月蠅くて、つっかえないように気をつけて言葉を返す。だめだったけど。
するとジェームズはにこりと笑って、
「そうか、それならハリーと同じだね。ハリー、挨拶したらどうだい?一緒の寮になるかもしれないからね」
それまで自分の陰に隠れるようにしていたハリーの肩を叩き、前に押した。
ハリーはそんなジェームズを恨めしげに見上げ、それから私を見て、
「僕はハリー。……ハリー・ポッターだよ」
口ごもりながら名前を言うハリーに首を傾げる。何かあったのだろうか。なんだか、元気がないような……。
そんな疑問を抱いたけど、ひとまずそれは置いといて、挨拶を返すべくにっこりと笑う。
「初めまして、ハリー。……やっぱりその緑の目、すごく綺麗だね」
そう続けてしまったのはまったくの無意識だった。
だって10年ぶり……ではなく、2週間ぶりのハリーの緑の目はあの日と変わらず澄んでいたから。
しかし、ハリーからしてみたら私は初対面の相手なことに気づき、取り繕うように早口に謝罪の言葉を口にする。
「……えっと、ハリー?」
だけどハリーは緑の目を丸くしたまま、びっくりした様子で私を見続けていた。どんだけ引かれてしまったんだと気まずい思いで名前を呼べば、ハリーは少し頬を赤くして慌てて口を開く。
「あっ……ありがとう。あ、えっとあの。き、君の名前は?」
「私は……」
「おい。時間だ、行くぞ」
「え、ちょっ、教授!?」
名前を言おうとしたのと同時に、スネイプの不機嫌な声が被さってきた。
そして私の返事を待つことなく、リリーに一言言ったらさっさと歩いて行ってしまう。
あぁ、もうほんとにこの陰険根暗教授は…!もうちょっとポッター一家を目に焼き付けさせてよ!本日数度目の悪態を吐いて、心配そうに私を窺っていたハリーを見る。
「ごめんね、ハリー。今度、ホグワーツで会おうね!」
「あっ、君…!」
一方的に別れの言葉を告げて踵を返す。
背中を追ってきたハリーの声に、肩越しに後ろを振り返る。
「!・だよ!」
大きな声で伝えて、最後にもう一度だけポッター一家を目に焼き付け、今度こそ前を見た。
黒いローブは早くも人混みの向こうに消えゆこうとしていた。
とある家族との再会