気がついたら周りは真っ白な世界で。
これが俗に言う死後の世界というものなのだろうかとか考えながら周りを見回し、此処が駅のホームのような場所だということに気づく。
ってか・・・・、
「キングス・クロス駅?」
眉をひそめて見つめる先には、赤の車体の列車が止まっている。私の記憶違いでなければ、あれはホグワーツ特急だ。それにホームの柱へと目を遣れば、9と3/4番線のプレート掛かっている。
え、死後の世界って妄想の世界なの?
状況について行けずに思考がごちゃごちゃになった私の頭はショート寸前で。
「待ってたよ、・」
「……え?」
自分の名前を呼ばれて反射的に振り返ったまではいいものの、目の前に立った見知らぬ美人さんを視界に入れても、反応をするには数秒の時間を要した。
非のつけられないほどに整った中性的な顔立ちに、すらりとした肢体。
思わず一瞬前まで混乱していたことも忘れて見惚れる私に、美人さんはつや光る林檎みたいに赤い唇を開いた。
「初めまして、神様だよ」
……殴っていいだろうか?そう思った私は間違ってないはずだ。
なんなんですか貴方は、神様とかふざけてるんですかそうですよね。そんな気持ちを視線に込めて送ってみると、自称神様が困ったように苦笑した。
「君の願い事を叶えに来たんだ」
「願い?叶えるって何で?」
「君、生前は全然願い事してくれなかったから」
不満そうに言う自称神様に、そうですねと心の中で返す。だって私は、神の存在なんて信じていなかった。
だけどそれがどうした。信じていなかったことに文句でも言いに来たのか、この自称神様は。
「君が全然お願いをしなかったせいで、神様の力が余っちゃって。だから、君が死ぬ間際に一番強く思ってたことを叶えてあげるね」
そう言われても、全く理解できない。
しかしそんな私を放って、神様は話を続ける。
「ハリー・ポッターの本や映画を見たかった。それが君が最期に思ってたことだよ」
「……そう、ですか」
過去を回想してみて、そういえばあの時そんなことを考えたことに思い至る。自分で言うのも何だが、死ぬ直後の思考がそれってどうなのよ私。
ていうか、まさか原作の本とDVDを全部揃えてくれて好きなだけ鑑賞して成仏しなさいってこと?神様の力って案外大したこと無いんですね。
「だから、ハリー・ポッターの世界に行けるようにしたよ」
「……からかってるんですね、殴って良いですよね」
「いや本当だから。トリップってやつだよ」
例え自称でも神様がトリップとか言わないで、なんか嫌だ。
「ついでにサービスでオプションつけてあげるよ。あり得ない魔力でも逆ハーでも何でもOK!希望があるなら、成り代わりだって出来ちゃうよ」
ぐっと親指なんか立てやがりました神様にボディーブローを食らわせたくなる衝動をなんとか抑え、冷静になって考える。
トリップと呼ばれるものを実際にネットで見たことはなかった。
だけど本を読んでもしハリー・ポッターの世界で生きられたらと想像はした。虚像の魔法の世界は空虚な現実なんかよりもずっとずっと魅力的だったから。
その願望をこの自称神様は叶えると言っていて。それはもう、有り難く受け取るしかないというもので。
「二つです」
そして口にしたのは、そんな言葉。
「え?」
神様が目を見開いて、私を見る。
それを真っ直ぐに見返して、良いですよね?ととびきりの笑顔を作る。
「お願いは二つです。だって神様なんだから私の初めてのお願い叶えてくれますよね?」
「いや、ひと」
「二つ」
語尾にハートを付ける勢いで言うと、神様は急に慌てたように口を開いた。
だけどその言葉を遮り、ただ要求を繰り返す。
「ねえ、神様?」
嫌に張り詰めた空気の中、私は歌うように言って笑みを深くした。
こうして優しい神様を説得し「死に打ち克つ力」を手に入れた私は、原作では過去として語られるしかない「1980年10月31日」という世界に無遠慮に踏み入ったのだった。
最初で最後の願い