01 ; The drastic change of a major premise


1980年10月31日、天気は嵐。
不死の力を手に入れました。

夏休みの一行日記のような文章を頭の中に浮かべ、顔に張り付いた夜闇に溶け込む黒髪を払いのける。
その直後、片時も目を離さずに見ていた一軒の家の窓から目が眩むほどの緑色の閃光が爆発し、そして消えた。

1秒、10秒、100秒。

それだけの時間を数え、何の動きも無い家に向けて足を踏み出す。
玄関の前まで辿り着き、半開きの扉から流れ出てくる異様なほどの静寂に浅く息を吸い込み、扉を内側へと押す。
蛍光灯の白い光に照らされた玄関ホールを過ぎて廊下を先へ行き、階段の下を通った時に微かに耳に届いた声に顔を上げ、足音を潜めて階段を上る。
一段、二段――段々と大きくなる声に比例して心臓の鼓動が速まる。
最後の段を上り終え、目の前にはドアが無くなった部屋。
息を詰めてドアへと近づき、部屋の中を視界に入れ、
「――――っ!!」
上げたはずの叫び声は喉に張り付いて音にはならなかった。
視線は酷く散らかった部屋――そこに倒れた男に向いたまま、少しも動かせない。
黒い髪に見開かれたハシバミ色の目。彼が掛けていたのであろう眼鏡は、少し離れた所で転がっている。

「……ジェームズ……」
搾り出した声は震えている。
(どうしてこんなに動揺する?だって彼が死んでいることは知っていたのに。それに彼は――ただの物語の中の登場人物じゃない)
頭の中のどこかで冷静な自分が疑問を抱く。
そう思っても心の動揺は少しも収まる気配がなく、心臓は早く拍動しているのに氷のように冷たく感じる。

その時、奥の部屋から耳をつんざく赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
その声に私は我に返り、声に引かれるようになんとか部屋の中に一歩踏み出し、部屋の端を通って先へと進む。

「リリー……」
そして、半開きの扉を開けた先に、倒れたリリーの姿を見つけた。
乱れた赤い髪がかかる顔は土気色で、生気のない彼女から目を背けそうになった。
しかしそれをなんとか抑え、リリーの体の向こう側にあるベビーベッドに近づき、


ハリー・ポッターと出逢った。


ベッドの上で泣き声を上げるハリー。
その小さな額には、稲妻の真新しい傷が浮かんでいる。
「ハリー」
ぎゅっと胸の前で手を握ると、口から彼の名前が零れ落ちた。
瞼を閉じればまだ網膜にジェームズとリリーの姿が焼き付いていて、唇を噛む。
両親を殺されたハリー。
これは本の中の、決められた運命。
―――――だけど。

「……ハリー、泣かないで。――貴方を一人にはさせないから」
目を開けて、ハリーを真っ直ぐに見据えて告げる。
そして睨みつけるように額の傷を見て、後ろを振り返る。

視線の先にはリリーの死体。
その横に膝を折って腰を落とし、服の上から心臓の辺りに手を置き、

「死んじゃだめ」
願いを、呟く。
そうすると瞬く間に彼女の頬が赤みを帯びた。
ぴくりとも動かなかった胸が微かながら上下をした。

それを確認して立ち上がり、傍にあったブランケットをリリーの体にかけてジェームズの元へと行く。
そしてリリーと同じように心臓の上に手を置き、死んじゃだめと念じる。
温かくなる体に、伝わってくる鼓動。
生きているというサインに安堵の息を零し、転がっている眼鏡を拾ってジェームズにかける。

「……リー」
「!」
それと同時にジェームズの口から出てきた掠れた声に彼を見れば、薄開きのハシバミ色の瞳と視線が交わった。
彼が通常の状態なら、きっとすぐに臨戦態勢に入ったのだろう。
だけど今の彼はただぼんやりと目の前の私を見ているだけだった。
「君は・・・」
「ジェームズ、貴方とリリーにお願いがあります」
彼の声を遮って、ゆっくりと言う。

「ハリーと一緒に生きて。ハリーを沢山愛してあげて」

それはずっと願っていたこと。
ずっとずっと、心の底から思っていたこと。
話の最後には瞼を下ろしていたジェームズがちゃんと聞き取ってくれたかは分からない。
(これで良かったのかな……)
眠りに落ちたジェームズを見て、ぼんやりとそう考える。

「ぱぁぱ」
「!」
不意に背後から聞こえてきた舌っ足らずな声と微かな温度に足元に目をやり、自分を見上げる緑色の瞳に目を見開いた。
どうやってここまで来たのか、ハリーが靴下の上から私の足を小さな手で掴んでいた。
濡れた目の奥で不安な感情が揺れていることに気づき、腰を屈めてハリーと目を合わせる。
「ハリー……いい?パパとママにたっくさん愛してもらってね。それで幸せに育って」
そう言うとハリーはきょとんとした様子で小首を傾げ、その反応に私は強張っていた頬を緩ませた。
そして優しくハリーを抱き上げると、リリーが眠る寝室へと引き返す。
ベビーベッドの前に来て、少し迷った後にハリーを抱きしめ、額に唇を軽く押し当てた。
「大好きだよ、ハリー」
ハリーの目を見つめて笑い、ベッドの上に下ろして、部屋を後にする。


部屋を通って、階段を下りて、家の外へ。
雨の止んだ空からは月明かりが零れてきていて、その光を浴びながら歩く。
しかし数歩も行かないうちに体がふらふらと左右に揺れた。
「あ…れ……?なんか……眠たい」
突然の強烈な眠気に、狭くなっていく視界を広げようとする。
だけど抗う力も虚しく視界はどんどん暗くなって、足下も覚束なくなって。

(まあ、いいか。二人は助けたし、満足だわ)

ぬかるみの上で寝るのは嫌だななんてぼんやりと思いながら、意識を手放した。

大前提の大変革