あ、と思った時には目が合ってしまっていた。
碧眼が見開かれて、反射的に視線を逸らす。早く会えたら良いなとは思っていたけど、まさかこんなにすぐ遭遇してしまうなんて。
(まだ心の準備もできていないのに。)途中まで開けた蛙チョコの箱に視線を落としていたらドアの外からヒソヒソ声が聞こえてきて、「おい!待てって!」制止を振り切ってコンパートメントのドアが開いた。
「!」
「ハーマイオニー!?」
名前を呼ばれて驚く。開いたドアの向こうにいたのは、グリフィンドールの制服を着たハーマイオニーだった。
キングスクロス駅を出発してからあまり経っていないのに、もう制服に着替えている所が優等生なハーマイオニーらしくてなんとも微笑ましい。再会を喜び、コンパートメントの中へと招き入れながら、ドアの影に身を隠した相手にちらりと視線を向ける。
(何か私に言うことはないの?)
結局、休みの間にジョージから手紙が返ってくることはなかった。返事をくれなかったことに怒ってはいないけど、何も気にしてない風を装って話しかけるのを躊躇うくらいには心の中に蟠りがあった。さっきまでレイラに愚痴ってしまっていたし。
(どうせ手紙は悪戯グッズの山に埋もれて、受け取ったことさえ忘れてしまったんだろうけど。)だとしても、そんな反応をするくらいなら一言言えば良いのにと思ってしまう。そうすれば、優しい私は許してあげるのに。
だけどジョージがこっちに視線を向けることはなかったから、文句を言いたい気持ちを飲み込んでハーマイオニーに向き直る。
「ハーマイオニー、久しぶり。元気だった?」
「ええ。変わりないわ。それより、あなたに聞きたいことがあるんだけど」
「うん。なに?」
挨拶もそこそこにそう切り出され、なんとなく背筋を伸ばす。なんだろう、嫌な予感。
「ハリーとロンを見てない?」
「ううん、見てないわよ」
即答すれば、ハーマイオニーの顔が曇った。どうしたんだろう。瞬く間に不安が膨らんでいく。
「ハリーとロンがどうかしたの?何かあった?」
「えーと、実は……まだ2人に会えてなくて……。駅まではウィーズリーの皆と一緒だったらしいんだけど、車内を一通り探しても見つからなくて」
歯切れ悪く紡がれた言葉を咀嚼して、考えて、そうして彼女の心配事に思い至る。まさか……!
「2人が乗ってないかもしれないってこと!?」
「まだそうと決まったわけじゃないわ!もしかしたらってだけで!だから、落ち着いて!」
「落ち着いてられないでしょ!」
思わずハーマイオニーに詰め寄ると、ハーマイオニーは慌てて胸の前で手を振った。落ち着くなんて絶対無理!今までホグワーツ特急に乗り損ねた人がいるのか知らないけど、万が一そうなっているなら大事件だ!
「私も一緒に探すわ!」
「いいえ。スリザリンの人に手伝ってもらわなくて大丈夫よ」
居ても立ってもいられず勢いよく立ち上がった所で、聞き慣れぬ声にピシャリと横槍を入れられた。
一体誰が止めるのか。コンパートメントの入り口を見れば、見知らぬ女の子が立っていた。しかも、初対面のはずの赤毛のその子は何故か私を睨み上げてきていた。
なんで、と疑問に思うと同時に既視感を覚える。(赤毛ってことは……ああ。そういえば、妹がいるとか言ってたっけ)彼女がどこの子なのか分かってしまい、溜め息を吐きそうになった。なんで、この家の子は私に対して敵対心を隠さないのだろうか。
「ちょっとジニー!は……」
「いいよ、ハーマイオニー」
止めに入ろうとするハーマイオニーを制して、一歩ドアへと近づく。ドアの影でジョージが動く音がした。妹を守ろうと出てくるかしら。安心してよ、年下の子に手を出したりしないから。
警戒心剥き出しの彼女に向けて、できるだけ友好的に見えるよう笑顔を作る。頭の片隅で、こういうの去年もやったなぁなんて思い出しながら。
「私、・っていうの。スリザリンだけど、ハリーとロンの友達なんだよ」
英雄と身内と仲が良いアピールならどうだ。ほらほら、怖くないよ?効果アリだろうと笑みを深くしたら、一層睨みがキツくなった。なんで。固まった笑顔で戸惑いをなんとか隠そうとすれば、年下の彼女は威嚇するようにフンと鼻を鳴らす。
「ジニー・ウィーズリー。ウィーズリーの末の妹で、グリフィンドールに入るのよ。それから……」
居丈高に名乗ったウィーズリーの末っ子ジニーだったけど、そこで言葉を切った後無言で何度か口を開閉させた。どうしたのかしら?それになんだか頬っぺたが赤いような……?彼女の様子を観察していたら、深く息を吸う音がして、
「ハリーの、とっ、友達よ!」
緊張した声で叩きつけられた言葉に、びっくりしたけど嬉しくなった。「そうなんだ!それなら私達一緒だね!」そう言おうとしたのに、ジニーはもう一度私を睨みつけてさっさとコンパートメントを後にしてしまった。
「ちょっと、ジニーったら!」
私とジニーの背中を困った様子で見比べるハーマイオニーに、笑いながら行ってあげてと促す。ハーマイオニーは迷う素振りを見せた後、「、ごめん。またねっ」頭を下げて出て行った。
ガタンゴトン、ガタンゴトン。コンパートメントに響くのは車体が揺れる音だけになって、やっと一つ息を吐き出した。よく我慢したわ、私。さすがに友人の妹と分かっていながらシレンシオの呪文はかけられなかった。
「いやー、賑やかなこと。さすが貴方達の妹だわ」
大きめの声で宙に呼びかけ待つこと5秒。ドアの外で動く音がして、大きな人影が現れた。この休みでまた背が伸びた気がする。
「それで?ウィーズリーのお宅では、私のことを一体なんて話してるのかしら?」
嫌味っぽい言い方になったのは仕方ないだろう。
久しぶりに真正面から見上げたジョージは、とっても気まずそうな顔をしていた。
「あー、えーと、そんな変なことは言ってない、と思うけど」
「思うって何よ」
そんな歯切れの悪い話し方じゃ全然信じられないんだけど。
もう二言三言文句を言ってやろうかと口を開いた時。
「……どの面下げてここにいるわけ?」
地を這うような低い声に、ひっと息を呑み込んだ。マズい。非常にマズい!
「レ、レイラ、お帰りっ早かったねっ」
ジョージの後ろに仁王立ちするレイラを視界に入れて、声も表情も引き攣ってしまう。
同級生の子と話してくると出かけて行ったから、暫く戻ってこないと思っていたのに。まさかこんな最悪のタイミングでジョージと会ってしまうなんて。
(愚痴ったばっかりで、貴方の印象がとっても最悪なのよ!)
どうにかこの場を逃れてほしくてジョージにアイコンタクトを送る、より前にレイラが私とジョージの間に割り込んできた。
「ウィーズリー、あなたがそんなに不誠実な奴だとは思わなかったわ」
「え?何のこと……おい、なんだよっ」
ごめん、ジョージ。きっとレイラから身が竦むような冷たい視線を向けられているだろうジョージに、心の中で謝罪する。今、私にできることは何もないわ。(元はと言えば、貴方が原因でもあるし。)
レイラの威圧感に後退り、問答無用で廊下に追い出されるジョージ。本当にごめん。もう一度謝った時。
「っ」
困惑顔のジョージに焦った声で名前を呼ばれ、反射的に口を開いた―――けど。
「私は貴方がの友人だなんて認めないから」
鼻先でピシャリと閉められたドアに、結局言葉を発することはできなかった。
ホグワーツ特急での再会