First letter

「ふあぁ〜」
トーストにバターを塗りながら、欠伸をする。
昨夜は新しい悪戯グッズのアイデアが湧き出て止まらず、気がつけば窓の外には朝焼けが広がっていた。今日は庭小人の駆除をした後にロンやハリーとクィディッチの練習をする予定だったから慌ててベッドに潜ったんだけど、仮眠程度の睡眠ではさすがにまだ眠たい。
「くあぁ〜」
隣から同じ声の欠伸が聞こえてきて、釣られてまた欠伸をしてしまう。朝食が終わったら少し寝ようか。

ーーバサバサッ
食器の音と話し声で賑やかなダイニングに、軽やかな羽音が割り込んできた。
トーストを頬張り、視線だけ窓に向ける。我が家の爺さん梟よりも随分と若い梟。羽繕いがしっかりされていて、灰色の羽が陽光を浴びてキラキラ輝いている。
ガタッと大きな音がして、窓から一番遠い位置に座っていたパーシーが梟まで駆け足で近寄っていく。狭いダイニングで何をそんなに急ぐのか、相変わらず忙しないやつ。梟から手紙を受け取るパーシーを視界の外に追い出しカップに口をつけた時、

?」

パーシーが零した名前に、危うく正面のハリーに向けて紅茶を吹き出しそうになった。
「ッゴホ、ゲホッ!」
「ジョージ!?大丈夫?」
横を向いて咳き込む僕に、ハリーが心配そうに呼びかける。いやいや、大丈夫じゃない。たちまちドッドッと早くなった鼓動と熱を帯びた?。隣からの睨むような視線が刺さるけど、気にしていられない。
。今、って言ったか?ジワリと汗が額に浮かぶ。
「ジョージ」
頭の上から剣のある声が降ってくる。顔を上げれば、眉間に皺を寄せて見下ろしてくるパーシーと目が合った。
「……なんだよ、パーシー」
から、お前に手紙だ」
マジか。どうして彼女から手紙が届くんだ?困惑する俺に向けられる視線は3種類。

「まあまあ!ジョージったら、あの子と仲良くなったの?」
「ほら!、いい人だったでしょ」
「ついにジョージも落ちたか〜」
驚きながらも明るい声が3人。(1つは半笑い)
「マジかよ!お前まであいつに誑かされたのか」
「ジョージ、彼女に何かしたんじゃないだろうな」
顔を顰め、苦言を呈するのが2人。
そして、「ねえ、って誰?」周りが何にざわついているのか分からず、首を傾げるのが1人。

「〜〜っ!ごちそうさま!!」
「あっ!逃げんなよ!」
向けられる視線に耐えきれず、パーシーから手紙を奪い取ってダイニングから逃亡する。
部屋に入る直前までフレッドの声が追いかけてきたけど足音は聞こえなかった。ママが引き止めてくれたのかな。いつやって来るか分からないし、念のためドアにバリケードを設置しておこう。

手早く重たい物を適当にドアの前に積み、そわそわ落ち着かない気持ちを宥めて椅子に腰を下ろす。頭上に掲げてみた封筒には少し皺が寄っていた。パーシーから奪い取った時に入ってしまったのだろう。

(ほんとにからだ)
綺麗な筆跡が綴る名前は間違いなく自分のもので、裏返せば『』のサイン。何回か表裏をひっくり返してみたけど、名前が変わることはなかった。
一体どうして手紙なんか送ってきたのか。少し考えて、すぐにやめた。答えは封筒を開ければ分かるだろう。
いつもは使わないペーパーナイフなんか使って、封を切る。早いリズムで脈を打つ心音がうるさい。最後まで切り終え、深呼吸。そっと封筒の中を見れば、二つ折りの便箋が一枚だけ入っていた。ゆっくりと取り出し、再度一呼吸した後、殊更丁寧に開く。

『こんにちは、ジョージ。お久しぶりです。夏休みも残り1ヶ月を切ったけれど、いかがお過ごしかしら。』
そんな挨拶で始まった手紙に綴られていたのは、たった2つの問いかけと急に手紙を出した理由だけで、読み終わるまでに1分もかからなかった。

「……これだけ?」
拍子抜けして、思わず言葉を溢してしまう。急に手紙なんて送ってくるから、何らかの事件や面白いことでも書いてあるのかと思ったのに。答えは得たものの、落胆は隠せない。

宿題だって?この僕がお利口にやっているわけないだろう?そんな時間があれば、君の予想通り悪戯グッズを作っているさ。
うちにも教科書リスト届いたよ。この前みんなで買いに行ったけど、君のとこのマルフォイのせいで最後は散々だったんだからな。まあ、君は知らないだろうけど。
手紙の問いに対する答えを頭の中で返していき、
「……なんで僕のことなんて思い浮かべたんだ」
最後に、抱いてしまった疑問を小さく口にした。

「ラブレターでも貰ったみたいな顔してるな」
「うわあっ!?」
突然聞こえた声に椅子から転げ落ちる。床に尻を打ちつけ、痛みに顔を顰めた。
「っ、フレッド!」
慌てて声の出所を探せば、開いた窓の外で箒に乗って浮かんでいるフレッドと目が合った。
不意打ちとはいえ声をかけられただけでオーバーリアクションをしてしまったことが恥ずかしく、誤魔化すように大きな声を出す。
呼ばれた片割れは身軽に部屋に入ってくると、面白くなさそうな顔で見下ろしてきた。
「お前、本当にあいつと仲良しこよしするつもりなのかよ」
冗談だろ、と鼻で笑われる。
「冷静になれよ。あいつはスリザリンなんだぞ」
「スリザリンを理由にするの、やめたんだよ」
その言葉を返すのに躊躇することは無かった。立ち上がり、丸くなった同じ色の瞳を見返す。

『スリザリンなんか、なんて言わないで』
にそう言われた時、そんなの無理だろと思った。だって僕にとってアイツは、『スリザリンの嫌なやつ』でしかなかったんだから。スリザリンを抜きに相手を見るとか考えたことはなくて、の言ってることの意味がちっともわからなかった。
だけど、ハリー達が起こした大量減点の事件の後、ようやく少しだけその意味を考えてみようと思った。

アイツらスリザリンにとって心底憎いだろうグリフィンドールを蹴落とすチャンスだというのに、そのくらいの点差クィディッチで逆転してみせろと真っ直ぐに叱咤してきたものだから。
にとって、相手がどこの寮かなんて、本当に関係ないんだな)
あの時のは、『友達』であるハリー達の置かれている状況が許せず、本心から心配し、怒っていたのだろう。
狡賢いスリザリンのことだから、ハリー達と近しい関係になったのも、僕にやたら友好的に接してくるのも、いつの日にか良いように利用するためだと疑わなかったのに、そうではないのかもしれないと思わざるを得なかった。
だからどうした、それでも僕にとってアイツはスリザリンの一人なんだと、小さな気づきを無視することもできたのに、その時の自分は一度だけなら良いじゃないかと、のことをスリザリンのフィルターを通さずに見てみようと思ってしまった。

貸したハンカチを一年大事に持っていた律儀な所とか、他寮のハリーの危機を知らせてきた必死さとか、マグルのハーマイオニーとも仲良くしている所とか、ママの手編みのセーターを嬉しそうに着ていた姿とか、助けられたことに対してお礼を言う素直さとか。
(……悪いやつ、じゃないんだよな)
色眼鏡をかけずに見てしまえば、というやつは敵対視すべき人物とは思えなくなってしまった。そうして、一つの思いが浮かんできた。

のことを知りたくなったんだよ」
今までスリザリンとしてしか接してなかったからのことは全然知らなかったし、知りたいとも思わなかった。
だから友達にーー今より近づいた関係になることでがどんなやつなのかちゃんと知って、その上で相手を見極めたいと思った。

そう伝えれば、フレッドは眉間の皺を更に深くする。理解できないって顔に書いてあるのが丸分かりだ。それから「痛い目に遭っても知らないからな」と、いつだったか自分が口にした言葉を吐き捨てた。
「ああ。気をつけるよ」
フレッドはその返答に何か言いたそうに口を開いたけど、ため息を溢しただけで、大股で窓まで戻るとさっさと外へと出て行った。
「庭小人の駆除の手伝いしなくちゃなんだから、お前も早く来いよ」
不機嫌丸出しのフレッドに軽く応じ、ドアの前の物を退かそうとした所で手紙をどこに片付けるか立ち止まる。
窓を見れば、フレッドは既にその場を離れた後だった。
部屋を見回し、どこが良いか思考を巡らせる。万が一にもフレッドに読まれるのは避けたい。それなら、と思いついたのは部屋の隅に積み上げた教科書の塔。一番上の本のページに手紙を挟み、それが下の方になるように教科書を積み直す。
「ジョージー!駆除始めるよー!」
「おー、今行くー!」
ロンの声に今度こそバリケードを退かして、庭へと向かうことにした。


初めての手紙