Thawing is far away

深呼吸を一つ。唇をきゅっと引き結んで、それから口の端をぐっと持ち上げる。
大丈夫。落ち着いて。

「こんにちは、ジョージ」
振り返り、少し離れた所で立ち止まっていた相手に向けて話しかける。
もともと不機嫌だった顔がなおさら険しくなった。わざわざ話しかけてくるのはジョージの方だと踏んで呼んでみたのだけど、どうやら私の勘は当たっていたみたいだ。

「メリークリスマス。何か用かしら?」
社交界で培った自然な微笑みをはりつけながら問いかける。ジョージの反応を伺いながら、さりげなく手のひらを握る。頑張って平然を装っているけど、その実心臓はバクバクうるさいし手や額には変な汗をかきそうだ。
だってジョージと話すのはハロウィン以来初めてのこと。緊張で声が震えそうになる。
(わざわざジョージから話しかけてきて……もしかしするとあの話だったりするのかな。もしかして、返事だったりするのかな。)期待と不安と緊張と動揺がぐるぐると混ざり合う。どうかどうかこの気持ちを見抜かれませんように。

「なんでお前がそのセーターを着てるんだよ」
「……え?」
「とぼけるなよ。それ、僕のママが作ったセーターだろ」
予想とは全然違った言葉にきょとんと目を丸くすれば、ジョージは苛立った声音を隠すことなくそう言ってきた。眉間に皺を作ってダークグリーンのセーターを睨みつけている。
驚いた。まさか一目でこのセーターを作ったのが自分の母だと気づくなんて。素直に感心してしまう。
「そうよ。モリーさんからクリスマスプレゼントでもらったの。似合っているでしょう?」
「似合うもんか」
間髪入れずに返ってきた否定の言葉に、わずかに頬が攣る。少し気を緩めてみたらこれだ。別に褒め言葉を期待してたわけではなかったけど。
全然違う方向の話に、ごちゃごちゃ混ざり合って昂ぶっていた感情がしゅうっとしぼんでいた。


「なんでスリザリンなんかにプレゼントしてるんだよ」
そんな時に横を向いたジョージが吐き捨てるように言った言葉に、一瞬息が詰まった。


「────どういう意味?」
聞き返した声はいつもよりワントーン低い。それに気づいたのだろう。そっぽを向いていたジョージがぱっと私の顔を見た。
「卑怯で狡猾で最低で嫌われ者のスリザリンなんかに、なんでプレゼントを贈ったのか、自分の母親ながら理解ができないって意味だよ」
挑発しているのか、はんっと鼻で笑うジョージ。言い返せよとばかりに意地悪く見てくる青い目。別にスリザリンを侮辱する言葉に怒ったりしないけど。(だって、こんな類の悪口なんて聞き飽きているし。)


(スリザリンなんか、か。)
それなのに頭の中でジョージの言葉が繰り返された。いつもなら聞き流せるのに、なぜか心がズキズキと痛みを訴える。
なにがそうさせているのか、痛む胸を押さえながら考えて────意外にも答えはすぐに見つかった。

(私、ジョージがスリザリンを通して私を見ていることが嫌なんだ。)
そうして、私は自分の愚かさに気づく。
かあぁぁっとたちまち顔全体が熱を持っていくのを感じて、とっさに顔を伏せてしまう。
絶対に赤い。こんな顔見られたくない。


スリザリンなんか。その言葉から、ジョージが私を「スリザリンの」としか見ていない────その事をいまさら再認識した。

よく考えなくても、ずっとそうだったのに。
ハロウィンのあの日、自分の想いを伝えたことでジョージが「私」を見てくれるようになると勝手に思い込んでいた。
グリフィンドールは関係ない、ただのジョージ・ウィーズリーに向けた想いを、同じように彼からも返してもらえるのだと、私は心の奥で期待していたらしい。
(どうして、ジョージが私を見てくれているなんて思っていたんだろう)
今までちっとも気づかなかった自分の思いに気づいて、恥ずかしいやら情けないやらで全然顔が上げられない。
ハリーやロン達と友達になれて、ジョージともそうなれるんだとどこか気楽に思っていたんだろう。


「おい、。なんか言い返せよ」
恥ずかしくて情けなくて、それからちょっと八つ当たりな気がするけど、ずっと変わらないジョージにちょっと……ううんそれなりにがっかりして黙っていたら、沈黙に耐えかねたらしいジョージの方から声をかけてきた。
ああ、顔見たくないな。そう思いながら重たく息を吸って、吐いて。
けだるい動作で顔を上げ、ジョージを見つめる。

「な、なんだよ」
無言で見つめる私に、ジョージは少し尻込みしたようだったけど、それを取り繕うようにさっきより強気に問いかけてきた。
別に言いたいことがあるわけではないけど。いや、ないと言ったら嘘だけど。(言えるわけがない。)あなたに寮は関係なく一人の女の子として見てもらえていないことが悲しいなんて。
静かに溜息を吐いてから、ふとこの際恥ずかしくて情けないついでに、自分の胸の内を言ってみようかと思いつく。
(そうだそうしよう。)腹を決めるのに時間はかからなかった。というか、若干ヤケになっていた。

さっきよりも深く息を吸って、ぎゅっと手を握る。
青い目はまだまっすぐに私を見ている。

「スリザリンなんか、なんて言わないで」
寮なんて関係ない。「私自身」を見て、とはさすがに恥ずかしすぎて言えなかった。
けどもう一矢くらい投げておきたくて、できるなら少しくらい気づいてほしくて、乾いた喉につばを飲み込んでからもう一度口を開く。

「私はジョージのこと、グリフィンドールだからどうとか思ったことないよ。私はジョージだからあの日、ああ言ったんだよ」
あなたの笑顔が見たいから、何度も私を助けてくれたから、ジョージだから。
果たして、ジョージはこの意味を分かってくれるだろうか。

ささやかな仕返しに、ダメ元だけど捨てきれない期待を少しばかり込めてみる。
頭の上にはてなを浮かべていそうな顔のジョージだから、望みは薄いみたいだけど。


雪解けは遥か遠く