Trouble debut

今朝の大広間はやけに空気が張り詰めている。理由は明白。今日は、我らがスリザリン対憎きグリフィンドールのクィディッチ戦だからである。
昨年ならうちがこんなにピリピリすることはなかったのだけれど、今年のグリフィンドールには期待の新人ハリーポッターがいる。キャプテンのフリントを中心に大したことないとバカにしていたけれど、さてさて一体どうなるか。
、楽しそうだね」
「まあね。あ、グラハム。そのポテト食べないならちょうだい」
ただの見物人は、心の底から楽しむ気満々だ。

行儀悪く横取りした私を、グラハムは呆れた顔で見ていた。




試合開始のホイッスルが、からりと晴れた空に鳴り響く。一斉に動き出した深紅と緑。どちらを追おうか。一瞬悩んで、周りの声援にほんの少し後ろめたさを感じながら、こっそりハリーの姿を探す。
ハリーは他の選手達よりも上空を飛んでいた。色んな方に視線を向けている。ハリーの下では、選手達の激しいクアッフルの奪い合いが行われている。多分、離れた所からスニッチを探しているんだろう。
グリフィンドールのリー・ジョーダンの忙しない実況(時々マクゴナガル教授の指摘が入っている)を聞きながら、早い試合展開を何とか追いかける。
幾度ものクアッフルの奪い合いとブラッジャーのぶつけ合いをした後、先にゴールしたのはグリフィンドールだった。相手の陣営から大歓声が上がった。ジョーダンの実況にも尚更熱が入る。(それにしても随分と偏った実況!)少しだけ負けたくない気持ちが湧いてきて、周りと一緒にスリザリンの選手達に声援を送る。
グリフィンドールの選手とブラッジャーを交わして、緑から緑へとクアッフルがパスされて、そのままゴール!────と思ったのに、寸前でウッドにセーブされてしまった。
「あーっ!」
いけると思ったのに。だけど落胆している暇なんて無い。まだまだ試合は続いているのだから。
その時、急にハリーが急降下を始めた。彼の先を見れば、キラリと金色に光るものが。スニッチだ!
まさかこんな短時間で終わっちゃうの!?驚きと期待を感じながらハリーの姿を追って、

「ちょっとっ!?」

突然ハリーの箒が横にはじき飛ばされた。シーカーのヒッグズがわざとハリーの箒に体当たりしたのだ。
命に関わりそうな危険な妨害行為に、カアッと顔が熱くなる。しかも周囲がよくやったとばかりに盛り上がったものだから、頬にどんどん熱が集まっていった。
、顔。気をつけなさい」
「だって!」
隣からレイラが小さい声で忠告を入れてくる。そうは言っても酷いじゃない!言い返そうと思ったけれど、レイラに言っても仕方の無いことなのは分かっていたから、ぐっと口を噤んだ。
グリフィンドールに視線を投げれば、選手も応援団も怒り心頭って感じだ。そりゃあ、あんな危ない妨害されたら怒るわよね。ジョーダンの実況はスリザリンへの批判を隠すつもりもない。
ハリーも怒ってるよね。そう思いながら再びハリーを見つめて、「えっ?」でたらめな飛び方をしているのに気づいてぱちりと瞬きをする。
空中をジグザグに動いたり、急降下や急上昇をしたり、大きく揺れたり。まるで箒が乗り手を振り落とそうとしているかのような。

「ハリー……っ!」

どうして誰も気づかないの!今にもハリーが落ちてしまうのではないか。そんな危機感に心臓が冷えたような感覚を覚えた。
震えそうな手を握り込んで、フィールドの選手達に必死に合図を送る。
(誰か、ハリーに気づいて!助けて!)
その時タイミング良く、すぐ近くにグリフィンドールの選手が飛んできた。向かってくるブラッジャーを彼方へと叩いたのは、赤毛。
「ジョージっ!」咄嗟に名前を叫べば、青い目がこっちを向いた。
「ハリーが!」
大きな身振りでハリーを指さした直後、ハリーが箒から振り落とされた。誰もが息を呑む。なんとか箒の柄に片手でぶら下がったハリーに、ジョージは猛スピードで彼の元へと飛んでいった。
双子がハリーを助けようと近づいていく。けれど、ハリーの箒は双子が近づくほど高く飛んでいった。

箒の制御不能な動きはまだ続いている。こんなの、いつ落ちてもおかしくない。
(この高さから落ちたりしたら。)ぱっと遥か下の地面を見下ろして、口の中がたちまちカラカラに渇いた。

(誰か、ハリーを助けて!)

胸の前で手を組んで必死に祈る。最悪の結末は見たくないけれど、視線はハリーから外せず瞬きも忘れて凝視する。
すると、唐突にハリーの箒がぴたりと動きを止めた。その瞬間、ハリーは再び箒に跨がり──そのまま急降下!
猛スピードの箒から両手を離して、懸命に何かに手を伸ばして────、パチンっと口を押さえた。そのまま四つ這いに着地する。何度か嘔吐いた後、ハリーの口から何かが飛び出してきた。
遠くからでも分かる、金色の球体。スニッチだった。

「ハリー・ポッターがスニッチを捕まえたーー!!!!!」
大音量の実況と、空いっぱいに割れんばかりの歓声が湧き上がった。
耳をつんざく大歓声にようやく思考が戻ってきて、それから脱力してその場にしゃがみ込む。
?」
「よ、良かった〜……」
肺の中に溜まった息を全部吐き出す。今まで呼吸の仕方も忘れていた。

「あなた、自分がスリザリン生だって事、忘れてないわよね?」
「……大丈夫。忘れてないよ」
咎めるような声に立ち上がったら、レイラは眉を寄せたしかめっ面。

敵寮の選手を応援して心配して、こんなにエネルギーを使うなんて。
自分でも可笑しくて、苦笑いをするしかなかった。


とんでもデビュー戦