伸ばした指先が震える。
沈黙がひたひたと全身に染みこみ、心臓の鼓動が早くなる。それでもジョージに向けた視線は逸らさない。
対するジョージは、私の言葉が理解できていないのか呆気に取られてフリーズ状態のまま。イエスかノーか、言葉はもちろん態度でも示してくれない。
時間が経つほど緊張が増して、それを跳ね返すように差し出した手をもう少しだけジョージの方へ伸ばす。
ぴくっとジョージの体が微かに震えた。私を見る瞳にようやく光が宿り、逸らしては戻して。少し開いた唇が空気を吸い込んで、ジョージの肩が上がる。
「ジョージ?なにやってるのさ」
耳に届いたのは、男の子の声。
弾かれるように声の出所を探せば、ジョージの背後にロンとハリーを見つけた。月明かりを浴びた二人は埃まみれでどこか疲れた様子だった。
ぱちっ。ロンと目が合うと彼はしまったと強張った顔になって、慌てた様子で隣のハリーに視線を向ける。そしてハリーのローブを引いて回れ右をしようとした。
「ロン!お前こそなにやってるんだよ。寮にいるはずだろ?」
けれどジョージが呼び止める方が早かった。弟の方を向いたジョージがどんな顔をしているのかは分からないけど、諫めるような声音から直前までとは違う真剣な顔をしているんじゃないと思った。
「……ハーマイオニーを探しに行ってたんだよ。トロールのこと知らなかったし。それでトロールと会って」
「あいつと会った!?」
大きな声には驚きと焦りが滲んでいる。それを聞いて、さっきの大きな影はトロールだったのだろうと思った。
ロンに詰め寄っていくジョージの背中を見送ってから、まだ手を差し出したままだったことに気づいた。すっかり冷えてしまった手を握ってみたけれど、あまり力が入らない。
「!どうしてがここにいるの?」
「それはえーっと……って、ハリー!?ひどい格好!」
近くに来たハリーの姿を目にして、思わず大きな声が出た。ローブもズボンも汚れていて、所々擦れた感じになっている。よく見たら顔や手の甲には小さな傷もあった。きっとロンも同じ感じなんだろう。
ジョージの弟を心配した気持ちが分かって、ハリーを諫める目で見る。
「あのでかいのと闘ったの?」
「えーと、うん。棍棒でノックアウトしちゃった」
「怪我はない?」
「うん。大丈夫だよ」
はっきりと答えたハリーの言葉に嘘はないのだろう。ほっと息を吐いて、ハリーのローブに付いた汚れをはたき落とす。それを大人しくされるがままになっていたハリーが、「あれ?」と疑問符をあげる。
「ねえ、もしかして……もトロールに会ったの?」
「ええ。落とし物を探しに行ったらね」
「えっ!怪我は!?」
「大丈夫。……ジョージが助けてくれたから」
「ジョージが?なんで?」
事の次第を話すと、ハリーは目をまん丸にして驚いた。私も理由は知らないままだから首を横に振る。さっきジョージは助けるつもりはなかったとかなんとか言っていたけれど。
「──、右手がどうかした?」
「え?」
「さっきからずっと握ったり開いたりしてるから」
「え?……あ、えーっと」
ハリーの言葉に右手を見下ろす。完全に無意識だった。どうしてか気まずくなって視線を逸らす。どう説明しようか迷う間に、視線はジョージに向けていた。「だいたいロンは──!」「はあっ?!それはジョージだって──!」なぜかヒートアップして兄弟喧嘩が始まっていた。この調子だと、ありったけの勇気を振り絞った告白に対する答えももらえなさそうだ。落胆して、重たい溜息を吐いてしまった。
「──ねえ、ハリー。友達になるのって難しいね」
私が零した言葉にハリーは少し口を閉ざした後、「大丈夫だよ」そう励ましてくれた。
「ジョージでしょ?」当然のように出てきた名前に、言葉に詰まる。どうやら色々察してくれているみたい。
「ジョージはがスリザリンだから嫌なヤツだと思おうとしてるんだ。でも時間をかければ、きっと君が優しくて良い人だってことわかってくれるよ」
時間ね…。ハリーの言葉に、さっきの告白は早すぎだったのかもしれないと思った。敵対する寮の人間から友達になろうと言われて戸惑うのは当然かも。きっと即拒否されなかっただけマシだったんだろう。
「それか、特別な出来事かな」
「特別?」
「それまでの認識を底からひっくり返しちゃうような出来事だよ。────実を言うと、僕もさっきのトロールのことで新しい友達ができそうなんだ。今日まで嫌な奴だと思ってたけど、そんなことなかった」
ハリーは嬉しそうに笑う。一体あの恐ろしいトロールと闘って、どんな経験を得たのだろう。今度聞いてみたいな。
時間に、特別な出来事。ハリーからの助言を反芻して、胸の中に留める。
特別な出来事がいつ起こるかはわからないから、当面はゆっくり距離を縮めていこう。
そうしたら、いつか友達になれるはず。……確かな根拠はないけど。
「そうだ、ハリー」
ふと思いついてハリーと向き合う。時間も特別な出来事もないけど、ハリーなら大丈夫な気がした。
「なに?」笑顔のままハリーが優しい声で聞き返す。ほわっと胸の中が温かくなった。私、ハリーの笑った顔が結構好きなのかも。自然と顔がほころんで、気負うことなく思いを紡ぐ。
「私と友達になってくれる?」
届いた言葉にハリーはエメラルドの瞳を軽く瞠って、それからはにかむように笑った。
「うん。もちろんだよ」
少しも迷わずに返してくれたのが心の底から嬉しい。しばらく見つめ合っていたら気恥ずかしくなり、2人で照れ笑いをしあう。
友達ができた。そのことがとってもとっても嬉しくてたまらなかった。
友達2人目