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ネックレスがないことに気づいたのは、ハロウィーンの飾りで賑やかな大広間に入った時だった。
今日はいつまでつけていたか。記憶を辿って、最後の魔法薬学の時には弄っていたことを思い出す。ということは、教室から寮、そしてここに来る間に落としたらしい。
だいたい見当がついて席に座るが、ネックレスのことが頭に浮かんで落ち着かない。
「……やっぱり私、探してくる」
「明日でもいいじゃない。もうパーティー始まるわよ」
「でもあれは母様からもらった物だし、お守りを無くしたままじゃ何か嫌なことありそうじゃない?」
まだ引き留めたそうなレイラに食事を取っておくよう頼んで、人の流れに逆らって大広間を抜け出した。


「んー、ないなー」
最初に寮まで戻ってみたけれど、ネックレスは見つからなかった。それで、今は魔法薬学の教室までの道を辿っているのだけど、それらしき物は見当たらない。
「お〜い、ネックレスちゃんや〜い。出ておいで〜」
おちゃらけた風に呼んだ声は、誰もいない薄暗い廊下にすぐに吸い込まれてしまう。シンとした空気に、ごくりと唾を飲み込む。なんだか、嫌な感じ。無意識に足が速くなる。
もしかしたら誰かが拾ったのかな。あと少しで魔法薬学の教室に着くという時になって、その可能性に思い当たった。先生達に落とし物が届いていないか、聞いてから来れば良かったかもしれない。なんで大広間を出る前に気がつかなかったかなぁ。
教室に辿り着いたけれど、やっぱりネックレスはなかった。
「さすがに教室の中は入れないよね」
試しに扉を押してみたけど、びくともしなかった。アロホモラ呪文も効果なし。薬品やら材料やら色々置いてあるし、施錠はしっかりとしてあった。さすがスネイプ教授。
しょうがない、大広間に戻ろう。もし落とし物が届いていなかったら、明日の朝授業が始める前にもう一度探しに来よう。
少し後ろ髪を引かれる思いはあったけれど、一通り探したおかげでそわそわと落ち着かない気持ちはすっかり収まっていた。
「ちゃんと私の分、取っててくれてるかなぁ」
ローストビーフと、それからパンプキンパイ。パイがなかったら悪戯してやる。
カボチャランタンの飾りとコウモリ達。キラキラと楽しい大広間を思い出して、鼻歌を歌いながらスキップで来た道を引き返していた。





どれだけ戻った時だろうか。
「?」
自分の鼻歌と足音しかないはずの廊下に、違う音が紛れ込んだ。
立ち止まって耳を澄ませると、なにか重たい物を引きずるような音が聞こえてきた。「うわっ、なにこの臭い……!」それから反射的に鼻を覆いたくなるような悪臭も。
一体何だろう。ハロウィーンのサプライズ?それともピーブスの悪戯?後者だったら嫌だなと思いながらも好奇心に負けて音がする方へ向かう。
「なんだろ、トイレの臭い?」強くなる刺激臭に口と鼻を服の袖で覆って、角を曲がろうとした時、

突然、目の前の壁に大きな影が映った。

「っ!」
本能が、その影は危険だと察知し、曲がる直前に急ブレーキをかけた。
影は私より遥かに大きい。近づいてくる音と地響きに全身の肌が粟立つ。(どうしよう、逃げなきゃ。)けれど、足は廊下に根が生えたように全く動かない。それどころか指先を動かすことすらできない。
どくどくと心臓が皮膚を突き破りそうなほど激しく脈打ち、呼吸が荒くなる。見開いた目には大きく濃くなっていく影を映っていた。
何かは、もうすぐそこまで来ている。

ここにいてはだめ!逃げなくちゃ!!

脳が必死に警鐘を鳴らすのに、命令を受けたはずの体はぴくりとも動かない。
(動け、動け、動いて────!!)
涙の浮かんだ瞳が、廊下の角から現れた、巨大な灰色の足を捉えて──────、


っ!!」


突然後ろから腕を掴まれて、悲鳴を上げる間もなくそのまま強い力で引っ張られた。そのまま反対方向に走り出す。
硬直が解けたばかりの足はうまく動かなくて、それでも少しでも遠くへ逃げなくてはと必死に走った。

ただ、腕を引く手だけが頼りだった。




どこをどうやって、どれだけ走ったのか。
気づくとそこは中庭周りの廊下で、そこでようやく前を行く誰かが立ち止まった。
「っ、はぁ……はっ……!」
喉の奥に不快な血の味を飲み込みながら、何度も大きく呼吸を繰り返す。顔も体も汗まみれだった。緊張と恐怖で足がガタガタ震えて、今にも座り込んでしまいそう。立っていられるのが不思議なくらいだ。
、平気?」
ようやく呼吸が整ってきた頃、心配する言葉をかけられた。その声が知ったもので目を瞠る。喉に引っかけそうになりながら息を吸って、ゆるりと顔を上げる。乾いた唇から、なんでと掠れた声が零れた。


「ウィーズリー……?」


額に汗の玉を浮かばせたウィーズリーが、そこにいた。


月明かりを受けて、ぼんやり輝く赤い髪がひどく綺麗に見えた。
いつもは嫌悪ばかりを宿す目が、僅かに迷いを滲ませながらも心底安堵したように和らいでいる。

「……そうだよ」

素っ気ない言葉にさえ温かかさを感じてしまい、ひたすら戸惑う。

なんでまたこの人なんだろう。
なんでこんなに違うのだろう。

相手の正体と違和感と、自分の中の戸惑いに溺れてしまいそう。縋るように相手を見つめる。
「ジョージだよ」
短いその声に、階段での出来事を思い出す。触れられたわけでもないのに、全身が熱を持った気がした。特に右手の熱が高くて、まだ繋がれたままの手を少しだけ引いた。そうすれば手首を掴んでいた力強い手が慌てて離れていく。ちらりと顔を見ると、困ったように眉をへたりと下げて視線を中庭へと向けていた。耳も顔も薄明かりでも分かるくらい赤く染まっている。
それを見たら、胸の中に湧いたもやもやとかむずむずした気持ちなんかがすぅっと夜闇に溶けてしまった。
吸い込んだ空気が、ひんやりと体を冷やして落ち着かせる。

「ありがとう、ジョージ」
するりと、力むことなく紡いだ言葉。
「二回も助けてもらって、本当に感謝してる」
「いや、僕は別に……前は助けるつもりじゃなかったし、それに今回だってたまたま話を聞いちゃったから……」
引っかからずに言うことができて、自分の事ながら驚いた。思ったより動揺は軽かったようだ。それに対して、ジョージはごにょごにょとなにやら言い訳らしきものを並べて口ごもる。
さっきまで私の手を握っていた大きな手は、落ち着き無くズボンを引っ掻いていた。
「とにかく、怪我がないなら良かったよ。それじゃあ僕は寮に戻るから、君も」
でいいよ」
そそくさと逃げ去りそうなジョージにそう告げたのは、ほとんど勢いだった。
ぱちりと丸くなった瞳に映った私は、一体どんな顔をしている?

大きく息を吸い込む。せっかく下がった熱が、またぶり返してきそう。
唇を少し舐めて、ゆっくりと開く。「あのね」紡いだ声は微かに震えていた。ああ、うまく言えるかな。
じんわりと熱い右手をぎゅっと握って、開いて。


「ジョージ。私と友達になってくれる?」


精一杯の勇気を込めて、ジョージに向けて差し出した。


友達になってください