最後の一口を飲み終え、ほっと吐息をこぼす。朝からこんなにゆっくりできるなんて、今日はなんて良い日だろう!
新学期が始まって数日。今日はクィレル先生の体調が悪いらしく、一限目は休講だ。慌ただしくそれぞれの授業へ向かう生徒たちを見送ることなんて滅多にできない経験で、なんだか優越感に浸ったりもしてしまった。しかし、ずっとここにいるわけにもいかないので、余韻に浸りながら荷物を手に席を立った。
本でも借りに行こうか。
大広間を出て階段を上って歩いていたら、廊下をバタバタと走ってくる音に気づいて足を止める。
「ロン、早く!」
「待ってよハリー!」
そんな声に周りを見ていたら、すぐ近くの曲がり角から男の子が2人飛び出して来た。
ハリーとロンだ。すぐに2人も私に気づいて、あっ!と足を止めた。
「えーっと、もしかして迷ってる?」
問いかけに2人は顔を見合わせて、何やら相談し始める。
やめようよ、相手はスリザリンだ。
でも、僕らこのままじゃ遅刻しちゃうよ!
ヒソヒソ。聞こえていたけれど知らぬふりをしてしばらく待つ。結局話し合いはハリーが勝ったらしい。
「あー、ウン。僕たち、呪文学の教室がわからなくて」
「それなら──こっち。近道を教えてあげる」
近くにあった壁画を動かすと、その後ろに大きな穴。中に入って付いてくるよう促す。2人は少し迷ったようだったけど、私が先に歩き出すと慌ててついてきた。
話しかけることも話しかけられることもなく、隠し通路を使いながら最短ルートで呪文学の教室を目指す。
あとは先の角を曲がれば教室、という所でくるっと後ろを振り返る。突然振り向いた私に2人は身構えたようだったけど、私も存外2人が近くにいて少し驚いた。
「そこを曲がれば教室だよ。間に合って良かったわね」
指差して、言外にあとは2人で行くように伝える。他の生徒に一緒にいられるところを見られるのは、なるべく避けたい。
道を開けると、先にロンが歩き出した。そのすぐ後をハリーが追う。
そのまま通りすぎるかと思ったら、急にハリーが戻ってきた。
「あの、ありがとう」
まっすぐに見てくる緑の目に、ぱちりと瞬き。そうして、湧き上がってきた笑いをなんとか押し殺した。なんだ、やっぱりいい子じゃない。
「どういたしまして」
微笑んだ私にハリーはもう一度お辞儀をして、曲がり角の向こうへと消えて行った。
一日一善。朝からとてもいい気分だわ。
鼻歌でもしちゃいそうな気持ち。こんなウキウキした気持ちは図書館で過ごすのは勿体無い気がしてきた。うん、外で過ごしたい。日向ぼっこをしても良いかもしれない。そう考え、城の外に出ようと踵を返し、
「僕達の弟とハリー・ポッターを手篭めにして、どうするつもりだよ?」
双子のウィーズリーが、道を遮るように立っていた。
どうやら、とても厄介な相手に見られてしまったようだ。
今年初邂逅の2人は、揃って仏頂面。(この顔、見慣れてしまった。)──私悪くないし。難癖つけられる謂れもないし。私まで眉をしかめそうになる。
だけど、今年の抱負に双子との関係を悪化させない。可能なら進展させる──を加えてしまっていたから、私はにこやかにその場を収めることにした。
「別に手篭めにする気も、理由もないけど。ただの親切心よ」
ていうか、手篭めにして私になにかメリットあるかしら?……と続けそうになったけれど、寸前で口を閉じた。
平和的な解決ルートを探る私に対して、双子は嘘だ本当のことを吐けとでもいうような顔で、まったく私の言葉を信じていない様子。
「嘘つけ。本当のこと言えよ」
本当に言われた。
「嘘じゃないし」
「嘘だ」
「本当だって」
「信じられるもんか」
「……あー、もうめんどくさいなぁ」
ボソリ。呟いて、ポケットの杖に手を伸ばす。纏う空気が変わったことを感じ取ったらしく、双子も臨戦態勢に入り──、
「!」
割って入った明るい声に、動きを止める。
振り返ると、こっちに向けて手を振りながら近づいてくる男の子がいた。遠目にもわかるハンサムな顔──セドリックだ。
「久しぶり!元気にしてたかい?」
「ええ。セドリックも元気そうね」
「うん。──あ、ウィーズリー達も久しぶり。今年もよろしくね」
ハンサム・ディゴリーの登場に、双子は気まずそうに「ああ、ウン」「こっちこそ、よろしく」と返すなり、そそくさと反対方向に歩いて行ってしまった。
完全に姿が見えなくなって、はあっと息を吐き出す。うーん、仲良くするって難しいなぁ。(マイナススタートだから、なおさら。)目標変えようか…と早々に挫折しそうになっていたら、「大丈夫だった?」セドリックが心配そうに声をかけてきた。質問の意味が分からず、きょとんと見つめる。
「ウィーズリーと揉めてるかと思ったんだけど……違った?それなら、ウィーズリーを呼んでこないと」
「ううん、揉めてた!変な言いがかりつけられて、魔法かけあう寸前だったの!」
しまったという表情をしたセドリックが、ウィーズリーの去った方向に追いかけていきそうになり、慌てて通せんぼをする。
「すっごく助かったよ!ありがとう」
力のこもった声に、今度きょとんとした顔になったのはセドリックだった。──ちょっと必死な感じだったかもしれない。そう思った時、セドリックはフッと微笑んだ。
「それなら良かった」
嫌味のない、完璧な笑顔。こんな笑顔見せられたら、ときめくに決まっているでしょう!
駆け足を始めた心臓に、気づかれないように後ろに回した手でスカートを握る。
「ところでこんな所で何していたの?」
「あー、えっと。外で日向ぼっこでもしようかと思っていたんだけど」
「いいね!僕も一緒にいいかい?」
「え゛」
キラキラした笑顔の問いかけを断るうまい言葉が見つからない。
とんだ一日。もうお腹いっぱいです。笑顔で頷いた裏で、少しだけ泣きたくなった。
早朝フルコース