「の名に恥じぬ立ち居振る舞いを忘れず、勉学に励みなさい」
厳格な顔をした父さんのありがた〜いお言葉に、粛々と頷く。父さんに寄り添って立つ母様は、ほわんと微笑んでいる。
「父様も母様もお元気で」
「ちゃん。ちょっと後ろを向いて」
一礼して別れを告げようとしたら、母様に呼び止められた。ニコニコ笑う母様に小首を傾げながら、言われたとおり背中を向ける。母様の気配が近づいてきた。
「はい。母様からのプレゼント」
首に触れた鎖の冷たさに少し驚きながら、胸元で揺れる白い花のモチーフを見下ろす。
「お守りよ。今年も元気に過ごしてちょうだいね」
耳元で囁かれた優しい声に、ちょっとこそばゆい気持ちになる。
母様が離れたのを感じて振り返る。あいかわらず、母様は笑っていた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。……ああ、そうだった。お相手探しも頑張ってちょうだいね」
嬉しい気持ちで旅立とうとしたのに、付け足された言葉に顔をしかめそうになる。休み中耳にタコができるくらい聞いたのに、最後まで言われるとは。なんとか表情を崩さず、にこっと笑う。
「はい。頑張ります」
口先だけの言葉だって、母様にはバレたかもしれない。
出遅れた。和気藹々盛り上がっているコンパートメントを横目で見て、ため息を吐く。両親と話していたら乗るのが遅くなってしまい、コンパートメントはすでにどこもいっぱいだった。
仕方ない。どこかに相席させてもらおう。そう決めて通路を進んでいたら、運良く男の子が1人で座っているコンパートメントを見つけた。
窓の外を食い入るように見る横顔には、まだまだあどけなさが残っていた。多分、下級生だ。ここにしようかな。
コンコン。ノックして戸を開けると、男の子は驚いた顔で振り返った。緑の瞳と目が合う。
「あの、一緒に座っても良い?」
「うん。どうぞ」
二つ返事で頷いてくれた男の子にお礼を言って、コンパートメントに入る。
流石に正面には座りづらかったから、斜め前に座った。しっかりスプリングの効いたクッションに、ほっと息をつく。座れてよかった。
視線を感じて前を見ると、慌てて男の子がパッと顔をそらした。……なんか、可愛い。パーティーで会う子は年下でも社交界に慣れていて堂々としていて、こんな風にかわいらしい姿があまり見ない。初々しい反応に、顔がにやけそうになる。よし。自己紹介でもして、空気を和ませようか。
そう思って、もう一度じっと男の子を見る。
丸いメガネの奥に明るい緑の瞳、癖のある真っ黒な髪。
「え?」
前髪の下に見えた傷に、目を瞠る。
「……あの、あなたってもしかして」
「ねえ、一緒に座っても良いかな?他はどこもいっぱいなんだ」
戸が開いて言葉を遮っる。赤毛にそばかすの男の子が立っていた。
──間違いなくウィーズリー家の子だ。
青い目と目が合って身構えるが、男の子は何の反応もしなかった。どうやら、兄や母からは何も聞いていないようだ。少し拍子抜けしてしまった。
男の子がいいよと返事をして隣を開けると、ウィーズリー家の子は安心したように席に腰をかけた。
「ありがとう。えーっと、」
「私は・。よろしくね」
「ロナルド・ウィーズリー。ロンで良いよ。よろしく。……それで君は、」
ロンはチラリと、男の子に意味ありげな視線を送る。もしかして、ロンも気づいたんだろうか。
私とロンの視線に、男の子は少し頬を赤らめて口を開いた。
「あー…、僕はハリー・ポッター。よろしく」
やっぱり!さっきの額の傷、見間違いじゃなかったんだ。
まさか魔法界の英雄である『生き残った男の子』に会えるなんて思わなくて、ポカンと男の子を見つめた。正面では、ロンが同じようにビックリした顔をしている。
「ほんとに?君、ほんとにハリー・ポッターなの?」
「うん」
「じゃあ……君、本当に傷があるの?あの…ほら…」
「あるよ」
ロンの言葉にハリーが前髪を掻き上げる。そこには、稲妻の傷跡が刻まれていた。
失礼だと思いながらも、好奇心が勝ってしまいじーっと見てしまう。これが、あの傷なんだ。
見つめられて気恥ずかしくなったのか、ハリーは前髪を下ろす。
「これが『例のあの人』の?」
えぇ……いきなりぐいぐい行くなぁ。遠慮無く尋ねるロンに、昨年の双子の姿がダブった。
だけどハリーは気分を害した様子もなく、うんと頷いただけだった。
あ、この子はきっと良い子だ。なんとなくそう感じた。
それから、ハリーの言葉をきっかけにロンが自分の兄弟のことやペットのことを話し出した。
兄達がそれぞれ優秀(驚いたことに双子も成績がいいらしい)で、自分も期待されてること。自分の持ち物は兄達のお下がりばかりだということ。
顔を曇らせながら話すロンに、ハリーと顔を見合わせる。どうにか元気づけられたら良いのだけど。
なんて声をかけたら良いのか迷っていたら、ハリーが口を開いた。
「僕だって少し前まで一文無しだったんだよ。それに、服はいとこのダドリーのお古だったし、誕生日プレゼントだってろくにもらったことなかったよ」
懸命に自分の身の上話をするハリーに、ロンは少し元気が出たようだった。
それを見てハリーも嬉しそうに話を続けた。どうやらこの二人、気が合いそうだ。
さっきよりもくだけた様子の後輩をほほえましい気持ちで眺めていたら、「は?」と話を振られた。
「え、私……?」
ここで私の家のことを話しても微妙な空気になるだけだということはすぐに分かって、なんとか話を変えられないかと視線を泳がせる。
「坊ちゃん、嬢ちゃん。車内販売よ。何かいるものは?」
ナイスタイミング。車内販売のカートを見て、ハリーは目を輝かせて通路に出て行った。
夢中で商品を眺めているハリーに、ほっと息をついた。
なんとハリーはほとんど全種類のお菓子を買った。両腕いっぱいに抱えてほくほくした顔で席に戻ってきた。
「一緒に食べようよ!」
サンドイッチがあるからと口ごもるロンを言いくるめ、パイを渡す。並んで一緒に食べるのがとても嬉しいみたいで、幸せそうだ。最初は遠慮がちだったロンだけど、ハリーの様子にニコニコして他のお菓子にも手を伸ばした。
「も食べてよ」
「うん。ありがとう」
なんてすてきな空間だろう。癒やしすら感じながら、少しずつお菓子をもらうことにした。
魔法界のお菓子を食べるのが初めてというハリーは、一つ食べる度に驚いたり喜んだり。カエルチョコを開けた時にはカードの中のダンブルドアがいなくなったと大騒ぎ。新鮮な反応がとても面白くて笑ってしまった。
ほとんどのお菓子を開けてしまった頃、ホグワーツでの組み分けについての話になった。
「うちは両親も兄弟もみんなグリフィンドールなんだ。もし僕がそうじゃなかったらなんて言われるか……。レンブンクローならまだ良いけど、スリザリンなんかに入れられたら最悪だよ」
うちの寮、ディスられたんだけど。
暗い顔のロンにハリーはフォローの声をかけようとしたみたいだけど、うまくいかずに私へと水を向けてくる。
「はどこの寮が良い?やっぱりグリフィンドール?」
「スリザリンはやめとけよ」
ハリーとロンの言葉に、絶句した。
ちょっとまって。もしかしなくても私、新入生って思われてる?
ショックから立ち直るには少し時間が必要で、大きく深呼吸をしてからすくっと立ち上がる。
不思議そうに私を見ている緑の目と青い目を、順番に見返す。腰に手を当てて、深く息を吸う。
「私、3年生よ。君達より先輩!」
「「え?」」
カミングアウトすると、二人は目を丸くしてポカンとした表情になった。
「3年生?君が?」
「いや、嘘でしょ。全然先輩には見えないよ」
信じられないといった様子の二人。ロンに至ってはちょっと馬鹿にしたような言い方で、無言でスカートのポケットから杖を取り出す。
「シレンシオ」
ちょっとデジャヴかも。頭の片隅で懐かしさを感じながら、呪文を唱える。
声が出なくなった二人は、驚いたように顔を見合わせた。
「人を見かけで判断しちゃだめでしょうが」
ピッと杖先を向けると、しゅんとした顔になる。うっ……その顔、なんだかこっちが悪いみたいじゃない。
「……フィニート・インカンターテム」
居たたまれなくなって早々に呪文を終わらせた。ぷはっと大きく息を吐いて、二人は申し訳なさそうに私を見た。
「ごめん、」
「いいわよ。それに私も大人げなかったわ。いきなり呪文をかけてごめんなさい」
「それじゃあ、君はどこの寮なの?もしかして、グリフィンドールの先輩だったりするの?」
期待を込めて聞いてくるロンから視線を逸らす。ああ……仕方が無いわよね。
「スリザリンよ」
「え」
「スリザリンの3年。嘘だと思うなら、後で兄さん達に聞いてみなさい」
「え、え」
「最悪でごめんなさいね」
さっと顔色の悪くなったロンに、意地悪いけど嫌味を言ってやる。少しすっきりした。
ハリーに視線を向けると、なんて言ったらいいのか分からないようで慌てたように視線を泳がせた。
これじゃあ、このまま一緒にいるのは無理そうね。
コンパートメントの戸を開け、通路へと出る。
「それじゃあ、またホグワーツで。スリザリンに来てくれたら、いっぱい可愛がってあげるからね」
ニコリと笑顔を貼っ付けて手を振る私を、ハリーとロンは戸が閉まるまで一言も喋らずに見つめていた。
ハリー・ポッター&
ロン・ウィーズリー