The Burrow

鼓膜が破れそうなほどの轟音に、耳を塞ぎたいけれど高速でぐるぐる回る体ではぎゅっと体を抱きしめるのが精一杯。たまに何かが体にぶつかる度に、ヒヤリとしたものが背中に流れる。

「っきゃ、あっ!」
最高に気分の悪くなる煙突飛行は、唐突に終わった。
足が床に着いた瞬間、無様に転ばないように全力で踏ん張って、なんとかたたらを少し踏んだだけで落ち着いた。
「ふぅっ…」
私にしては上出来な着地だ。



「……こんにちはぁ」
暖炉の中で服の乱れを整え、遠慮がちに顔を出して呼びかける。だけど少し待っても反応はない。「どなたかいらっしゃいませんか?」もう一度今度は大きめに声をかけても、返ってくるのは沈黙だけだった。
「……お邪魔しまーす」
少し迷った末、部屋の中に入ることにした。
外に出てから改めて部屋を見回すと、思わず感嘆の息が零れた。

そこは、とても賑やかな空間だった。
こぢんまりとした室内はたくさんの物と音で溢れている。キッチンでは魔法がかけられたスポンジが勝手に洗い物をしていたし、長いテーブルの上には本や編み物がぽんぽんと置いてあったし、壁際にはたくさんの写真が飾ってあった。どこを見ても物が沢山だ。だけど圧迫感はなく、生活感と暖かみがあってとても心地が良い。
家人がいないのをいいことに、きょろきょろと部屋の中を見回す。
「ロン、帰ったのか?早く外に来てくれよ!パーシーじゃあ、全然練習相手にならなくてさ」
もっとよく見ようとまた一歩部屋の中に踏み出した時、外へと続く扉がけたたましく開いて、誰かが入ってきた。

「え」
「は」

夏の太陽に負けないくらい、熱く燃えるような赤毛の男の子。見間違えるはずがない――――ウィーズリーだった。




お互いに状況が理解できなくて、口も目も大きく開けて、固まった。
え、え――――、

「ええええぇぇぇえええぇぇっっ!!??」
!?なんでお前が僕の家にいるんだよ!?」

絶叫と怒鳴り声が部屋の中で反響して、ますますパニックになる。
ずかずかと詰め寄ってきたウィーズリー(どっちかなんて分からない!)に、慌てて後退る。
ああ、もう後ろがない!なんて狭いの!!逃げ場を失ってぎゅっと胸の前で手を握りしめて、鬼の形相のようなウィーズリーを見上げる。怖いっ!
「ちょ、ちょっと待って。これは、あのっ」
「あら。あなたがね?」
なんとか弁解しなければと言葉を探していたら、階段の上から明るい声が聞こえてきた。
ぱっと顔を上げると、小柄で丸っこい体型の女性がニコニコ笑いながら私を見ていた。


「初めまして。会いたかったわ」





「さあ、ジュースをどうぞ。わざわざ来てもらってごめんなさいね」
そう言いながら、モリーさんはジュースの入ったグラスとクッキーを置く。
「気になさらないでください」そう返す顔は、ちゃんと余所行きの笑顔ができているだろうか。

正面にはモリーさん。その向こうの壁にもたれるように不機嫌な顔で立っているのはウィーズリー。
騒ぎを聞きつけて庭から戻って来たパーシーはモリーさんの隣の椅子に座って、双子の片割れは壁向こうのソファにこちらに背中を向けて座っていた。

出されたグラスに、ごくりと喉が鳴る。予想外の出来事に喉が渇いていた。お礼を言って、中のジュースを飲み干した。よく冷えていたジュースは、たちまち喉を潤してくれた。
そんな私を、モリーさんは懐かしいものを見るように見つめていた。
はお母様によく似てるわねぇ。成績も優秀なんですって?」
「いえ、そんなことは……」
「ママ、は学年で一番だったんだよ」
パーシーが、まるで自分のことのように誇らしげに話す。な、なんだこれ、恥ずかしいぞ?モリーさんの目がキラリと輝く。
「まあっ、すばらしいわ!うちの双子に爪の垢を煎じて飲ませてあげたいくらい」
「冗談言わないでくれよ!!」
本気で嫌そうな顔で双子が揃って抗議の声を上げた。(見事にハモっていた。)
モリーさんが振り返ると、双子はさっと顔を背ける。

「――あ、そうだ。これ、母から預かって来ました」
色々あって忘れかけていたがここに訪れたわけを思い出して、拡張魔法をかけたポシェットから箱を取り出す。
「母が、直接渡せずごめんなさいと」
「気にしなくていいのに!……まあっ!」
いそいそと箱を開けたモリーさんは嬉しそうに破顔した。
「毎年これが楽しみなの」
微笑んで、モリーさんは私に箱の中身を見せてくれた。
箱の中には、ちょっと不格好なケーキが入っていた。上の部分には、チョコレートで書かれた『大好きな親友へ』の文字。母の手作りのケーキだ。
箱の縁には一枚の写真が添えられていて、ホグワーツの制服を着た二人の女の子が朗らかに笑っていた。
「モリーさんと、母ですか?」
「そうよ」
モリーさんは目を細めて写真を見つめる。とても、幸せそうな顔。
「……あの、モリーさんはスリザリンの出身なんですか?」
「そんなわけないだろ!ママはグリフィンドールだ!」
私の疑問に答えたのは壁の所にいたウィーズリーで、心外だとでもいうような顔をしている。
「こら、フレッド!お客様に失礼よ!」
迷わずぴしゃりと叱りつけたモリーさん。さすが母親。双子を見分けることなんて簡単――、
「ママ、そっちはジョージだよ」
ソファから呆れたような声。……ま、まあ仕方ないわよね。これだけ似ているんだもの!
モリーさんは空気を変えるように、こほんと一つ咳払いをした。

「私の旧姓、プルウェットなの」
えっと目が丸くなる。まさか、ここで聖28一族の名前が出てくるとは。
ウィーズリー家って、本当に生粋の純血の血筋だったんだ。すごいなぁ。
「私がホグワーツに在学中、家のことでスリザリンの人と揉めることがあったの。その時にあなたのお母様が味方をしてくれたのよ」
「母が?」
「そう。お母様はスリザリンだったけど純血主義ではないでしょう?裏切り者って言われていた私に、自分の好きな寮に入れば良いじゃないかって、そう言ってくれたの」
普段からふわふわしててあまり頼りない母様が?意外な過去がにわかには信じがたかったけれど、きっと本当のことなんだろう。
それから、モリーさんは母との思い出話をしてくれた。どれも楽しそうに大事に話すモリーさんに、母様のことを少し見直したのだった。




気がつくと、太陽は随分と傾いてしまっていた。
さすがにそろそろ帰らなければと、礼を言って席を立つ。
「今日は突然すみませんでした」
「いいえ。にはいつか会いたいと思っていたから、こうして会えてとても楽しかったわ」
そしてぎゅっと抱きしめられて、驚きにぱちぱちと瞬きをした。誰かに抱きしめられるなんて久しぶり。どきどきしたけれど、ふわりと包み込むような優しい香りが心地よくて胸一杯に吸い込んだ。
「私とお母様は寮関係なく仲良くなったの。良かったら、息子たちとも仲良くしてね」
後ろにいる双子の方をちらりと見ながら、モリーさんはこそりと私にだけ聞こえるように話した。
その頼みに応えられるかはあまり自信が無くて、曖昧に笑ってごまかした。
(仲良くなんてできるかしら。相手は、あんなに睨みつけてきているというのに)

初めて来たというのに、まるで自分の家のように感じる暖かい部屋。
帰らなくてはいけないのが、とても残念に感じてしまう。
「またいらっしゃいね」
「はい。ありがとうございました。パーシー、今年もよろしくね」
「うん。ホグワーツで会おう」
ぺこっとお辞儀をして、袋の中からフルーパウダーを一掴み取り出す。
暖炉の炎に投げ入れたら、たちまち炎は緑に燃え上がった。
足を踏み入れる直前、ふと思い立って背後を振り返った。
いまだ遠くから睨むように見てきている二つの青の瞳をとらえれば、相手は訝しげな表情になる。
――これも何かの縁。少しくらい歩み寄ってみようか。
灰を吸い込まないように注意しながら、息を吸う。


「ウィ……。フレッドとジョージもまたね!」

双子の目が丸くなる。モリーさんは嬉しそうに微笑んだ。
返事を聞くまで待つことはできず、炎の中に入って大きな声で行き先を叫んだ。


隠れ穴