Cedric Diggory

「ああっ、また先超されてる!」
本棚にできた空白に、小さく唸り声を上げる。これで4度目だ。
最初は一ヶ月前の変身術。レポートの参考に以前読んだ本が使えると思ったのだけれど、その本は既に貸し出し中。難解な本だったから、借りる人はあまりいないと思っていたのに。運が悪かった。
――と、その時はそう思ったのだ。しかし、その次の週には呪文学で、またその次の週には魔法史で、そして今日は魔法薬学。借りたい本はレポートが出る度に先に借りられていた。

「一体誰が先回りして借りてるのよ……」
借りたい時期が同じだから、多分同学年の誰かなのだろうけど。何度も先を越されては、その相手に対抗心も持つというもので。 仕方なく他の本を借りて、図書館の奥へと進む。
最近、談話室で宿題をしているとグラハムが写させてくれと絡みに来るのが鬱陶しくて、そのまま図書館で取りかかることにした。

今日の図書館はいつもより人が少ない。上級生はホグズミード村に行っているし、天気が良いから下級生は外で過ごしているのかもしれない。こんな日に図書館にこもる生徒はあまり多くないだろう。
これなら静かに宿題に集中できるな。他の生徒から離れた場所に座ろうと移動し、
「あっ!」
ふと視線を落とした場所にあった本に、思わず大きな声を出してしまった。
幸いにもマダム・ピンスの耳には届かなかったが、周りの生徒から鋭い視線が向けられた。
慌てて口を噤んで、再び本に目を向ける。見つけた!
数冊の本を手元に置いて、レポートを書いているのはハッフルパフの男の子だった。
今使っていないのなら貸してもらおう。そう思って足音を立てないように近づく。あまり離れていなかったからすぐに机の前に着いた。あれ、この子見たことあるような……。

「ねえ、あなた」
小声で呼びかけると、男の子が顔を上げた。
「なに?」
セドリック・ディゴリーだ。珍しくスリザリンの女子達が、ハンサムだと騒いでいる人を前に声が出なかった。毎週授業で見かけるけれど、こんなに近くで見るのは初めてだ。近くで見ると、余計にハンサムなのを感じた。
「君は……、だっけ?僕に何か用なのかい?」
「あ、ああ、うん。その本、少し借りたいんだけどいいかな?」
目当ての本を指さすと、セドリックは目を丸くした。
「君が、この本を?」
「そうよ。魔法薬学のレポートに使いたいの」
なんだか失礼なことを考えている気がする。そういえば、私は留年するほど頭の悪い女、というレッテルが貼られているのだった。
この本も読み解くのは難しかったから、バカのくせに読めるのか?とか思われているんだろう。
「僕もレポートに使いたいんだけど」
「分かってる。あなたがそっちの魔法史のレポートを書く間だけで良いから」
そう言って手を差し出すと、セドリックは迷いながらも本を渡してきた。
灰色の目が、私がちゃんと本を活用できるのか疑っている。
腹立った。これは汚名返上しなければ。

セドリックの前の椅子に座り、鞄から羊皮紙と羽根ペンを取り出す。
使えそうなページを手早く見つけ、羊皮紙に薬の調合方法とその効果を書き込んでいく。
ついでに材料となる薬草を取り扱う時の注意点なんかも書き加える。
「へえ……」
感心した声が耳に届いて、羽根ペンを止める。
セドリックは身を乗り出すようにして、私のレポートの文字を追っていた。
時折、ふぅん…とかなるほど…とか声を出している。
「すごい。これならスネイプも良い評価をくれるんじゃないかな?」
「なぁに、その上から目線。あなたに添削を頼んだ覚えはないけれど」
ふんっと鼻を鳴らせば、セドリックは慌てたようにそうじゃなくて!と弁解を始めた。
「僕は、君のレポートがとても上手くまとまっていると思って」
「意外だった?」
図星だったのだろう。セドリックは言葉に詰まって口をもごつかせた。
けれど上手い返答が見つからなかったみたいで、バツが悪そうに視線を羊皮紙に落とした。
意地悪しすぎたかしら。黙ってしまったセドリックがちょっとかわいそうになって、ふうっと息を吐き出す。私は大人、年下の失礼な態度も大目に見てあげなければ。
「いいわよ。気にしないから」
軽い感じに言葉にしたら、視線を上げて不思議そうにじっと見てくる。なんだ、なにか言いたいことでも?挑むように見返したら、フッと笑われた。

「すまなかった。のことをバカにしたつもりはなかったんだ」
そして頭を低くしたことに驚いて、瞬きをする。こうも素直に謝られるとは思っていなかった。
顔を上げたセドリックは、形のいい眉を下げて「君のレポートが、本当にすごく良いと思ったんだ」と申し訳なさそうに言ってきた。
「それなら、うん、いいわ。許す」
「ありがとう」
はにかんだ笑顔に、うっと目を眇める。イケメンの笑顔の攻撃力は高い。
「ほ、本返すわ。ディゴリーのおかげで終わったわ」
「どういたしまして。それと、セドリックでいいよ」
「なら、私もでいいわ」
人の良い笑顔。なんだかペースが乱される。
「あ、そうだ。は魔法史のレポートはもう書いた?」
「まだよ。使いたかった本が貸し出し中なの」
「それなら、この本はどうかな。役に立つと思うよ」
セドリックが手渡してきた本の表紙を見て、声を上げそうになった。
なんとそれは、レポートのために借りたかった本だった。
もしかして、とセドリックが今使っている本も見せてもらえば、案の定探していた本だった。

「セドリック。あなただったのね……」
じとりと睨めつけた私に、セドリックはきょとんとした顔で首を傾げていた。


セドリック・ディゴリー