また始まった。
ある上級生がクリスマスの過ごし方を発表した途端、周りの子達も声を高くして話に参加し始める。
定期的に開かれる恒例のお家自慢は、今回も瞬く間に加熱していった。横で聞いてたら頭が痛くなりそうで、気づかれないようにそっと談話室から外へと出た。
地下特有のしんとした空気。深呼吸するとその冷たさに随分と気分が晴れた。
「図書館行こう」
何を借りようか。この前の小説は面白かったし続きを探してみようか。それとも、呪文学の予習でもしようかな。
談話室のことを忘れたくて色々考えながら歩いていたら、階段の上にピーブスを見つけてしまった。
「げっ」思わず淑女らしからぬ声が出てしまった。
離れていたというのに私の声に耳聡く気がついたピーブスが、おおぉっと芝居がかった歓声を上げた。
めんどうなことになる気しかしなかったけど、このポルターガイストに背中を向けるのは嫌で知らぬふりをしてずかずか階段を上がる。
「おやおやおやぁ〜、これはこれは懐かしい顔じゃあないか!またお前に会うとはねぇ」
あと数段で登り切るというところで、意地悪い顔をしたピーブスに行く手を塞がれた。ニタニタと笑う顔。ものすごい腹立つ。
「どいて」
「嫌だね」
睨みつけても効果はなく、むしろ相手の気分を良くさせるだけ。
ああ、やっぱりめんどくさい。こっちの反応を楽しんでいるピーブスに背を向けて、違う道を行くことにした。
「なんだ、随分と諦めが早いじゃないか。留年して、すっかり腰抜けちゃんになったのか!」
その後ろを、ピーブスがケラケラと笑いながらついてくる。
「知ってるかー?スリザリンに2年生で留年したおつむの弱い女がいるって、下級生にもバカにされてるんだぞ」
無視だ、無視。
「お前の親もかわいそうに!純血だと偉ぶっているのに、まさか娘が留年するなんて!さぞパーティーじゃあ、肩身の狭い思いをしているんだろうなあ」
――無視。
「恥ずかしくないのかい?よく毎日ヘラヘラと過ごせるよな〜」
「うるさいっ!!」
止まらない煽り文句に我慢できず、とうとう怒鳴りつけてしまった。
苛立つままに呪文の一つでも放ってやろうと杖を握って振り返り、
ガタンッ!
まるでタイミングを図ったかのように、仕掛け階段が動き出した。
突然の振動に、体はバランスを崩して、足が階段から離れた。
重力に引っ張られて、空中に投げ出された体。
手すりに伸ばした手は、虚しく空を掴んだ。
意地悪い笑顔のピーブス、壁の肖像画、仕掛け階段、天井。スローモーションで景色が流れていく。
このまま落ちたらどんな怪我をするのだろう。体が床に叩きつけられる未来が頭に浮かぶとようやく恐怖がやってきて、ぎゅっと目を瞑った――――時、強い力で体を引き寄せられた。
驚いて見開いた目に入ったのは、燃えるような赤毛。
「大丈夫か!?」
背中に回る腕、覗き込んでいる目に言葉が出てこなくて、こくこくと頷いた。
助けてくれた。あのウィーズリーが。
すぐには信じられなくて、もしかして本当はもう階段から落ちていてこれは夢なのではないかと、じっと見つめていたら、「なんだよ、僕の顔に何かついてる?」ウィーズリーは眉を顰めた。
「ひゅ〜、ウィーズリーやるねえ!」
囃し立てる声に我に返る。ニヤニヤ笑いながら近づいてくるピーブスに、やっぱり夢ではないと思った。
「見つめ合っちゃってお熱いね〜。もしかしするともしかして?ちゃんはウィーズリーに惚れたりしちゃったのか〜い?」
「ピーブス、黙れよ!どっかに」
「ステューピファイ!!!」
臨界点をぶっちぎった怒りを込めに込めまくった呪文は、狙いが外れて階段の手すりを抉り取った。
砕けた木片がばらばらと空中に飛び散る。ピーブスのにやけ顔が引きつり、ウィーズリーの引いた声が聞こえた。
「ピーブス……お前、私がどこの寮か忘れていない?」
「は、はあ?なんだって?」
「血みどろ男爵、召還してやりましょうか?」
その単語を聞いた途端にピーブスはひぃっと震え上がり、逆さまに階段の下へと転落していった。
思った以上の効き目に、ちょっと溜飲が下がった。男爵閣下、ありがとうございます。
「すごい脅しだな」
「本当に男爵を喚べるわけないのにね。でも、ちょっとすっきりしたわ」
感心した声がとても近くから聞こえて、今更ながらウィーズリーと密着していることに気がついた。
相手も私の声を聞いてからそのことに思い至ったようで、慌てて腰を掴んでいた腕を解いた。
気まずい沈黙。ウィーズリーは顔を背けていて、今すぐにでもこの場を立ち去ってしまいそうだ。
「あの!」だから、その前にこっちから声をかけた。今日も返すことができないハンカチのように、ずっと後まで引きずるのは嫌だったから。
呼びかけてもウィーズリーはそっぽを向いたままだったけど、そのまま話し出した。
「助かったわ。おかげで怪我もしていないし。えっと……」
「……ジョージ」
どちらだろう。迷っていたら、短く答えが返ってきた。
赤毛から覗く耳がうっすら赤い。
それを見たら、さっきまで触れていた所がなんだか熱を持った気がしてきて慌てた。
「ジョージ・ウィーズリー。助けてくれて、ありがとう」
お礼を言うなら、心を込めて。微笑んで言葉を紡ぎながらも、本当はむず痒くて今すぐ逃げ出したくなっていた。
そして言い終わると同時に階段を全力疾走で駆け下りたから、ジョージ・ウィーズリーがどんな顔をしていたかなんて知る由もなかった。
恋には落ちない