I missed you, my lovely brother

*Present for my sisterの続き。アズカバンの後くらい。


肌を撫でる緩やかな風に瞼を上げ、目を擦りながら体を起こす。
そして、目に飛び込んで来たベッド脇に積み上がった箱の山に、思考が停止した。
眠る前までこんなものなかったはずなのに。
「えーっと……」
状況を把握できずにいる間にも半分だけ開いた、テラスへと続くガラス窓から何かが部屋の中に入ってきた。一直線にベッドに向かってくるそれが梟だと認識できるほどに頭が覚醒したのと、梟がベッドの上に丁寧に包装が施された箱を落としたのは同時で。
反射的に顔を庇った腕をそろそろと下ろして、視線を彷徨わせる。そして、すぐに見つけた箱にはメッセージカードが添えてあった。

― HappyBirthday Ms.イーファ ―

そのメッセージを読んで、ようやく箱山の正体に思い至った。

「そっか……誕生日だったわね」
紡いだ声はあまりにも淡々としたもので、思わず呆れて笑ってしまいそうになった。
自分の生まれた日に興味がなくなったのは、年を重ねることや大量のプレゼントに喜びを感じなくなったから――それだけが理由ではないはず。

きっと、祝ってくれるあの子達がいなくなったから。

脳裏に浮かんだ、心から愛している兄弟の姿に握った手に力を込める。
どうして、いなくなってしまったの。
目の奥が熱くなって、視界が潤んでいく。
ああ、もう。泣きたくない。泣いてしまったら――。

バンッ!!!

「!!?」

突然、部屋に響いた何かを叩きつけた音に体が硬直する。
顔を上げて辺りを見回せば、閉まっている方の窓に何かがへばりついていた。

「……梟?」
じぃっと目を凝らしてようやくその正体に思い至った。……時には、梟は重力に従って、べちゃりとテラスに落ちていた。
慌ててテラスに駆け出し、未だ床に横たわる梟を抱き上げる。

――良かった。目を回しているだけみたい。

小さな体をくまなく見て、怪我がないことを確認して安堵の息を吐く。
それから、その小さな体にお似合いの小さな紙包みに目をやる。
(一体誰が、こんなにおっちょこちょいな梟に荷物を預けたのかしら。)
それなりに好奇心が湧いて、ベッドに戻って腰掛けてから梟の足に結びつけられていた包みを外す。
手のひらに乗ってしまうサイズの紙包みは、ベッド脇で山となっている贈り物とは違って少しばかりくたびれたもので、それが尚更興味を引いた。どうやら、このプレゼントの送り主はかなり変わった人らしい。

――さて、中身はなにか。
さっきまでの鬱々とした気持ちはどこへやら、久方ぶりのワクワクとした気持ちを落ち着かせながらゆっくりと麻紐を解いて紙包みを開く。
「……ネックレス?」
まさかの剥き出しの状態で入っていたのは、花のモチーフが付いたシンプルなネックレスだった。
シルバーのチェーンを手に取り、近くでモチーフを見る。
恐らく魔法でコーティングしたのだろう。生花であろう白い花は今摘んだばかりかのように瑞々しく、ほのかに甘い香りがした。
この花見たことがあると思うけど、なんの花だっけ。
もどかしさを感じながらあまり豊富ではない花の知識を総動員して、
「――ブライダルベール」
なんとかヒットした結果を声に出してみたら、途端に胸のつっかえが取れてスッとした。

――そうだ、ブライダルベールだ。
名前を思い出せば、湧き水のようにあの日の記憶が蘇ってきた。

花のことを教えてくれたのは、他でもない大切なあの子達。
いろんな失敗や不幸が積み重なって、その重さに耐えきれなくなって一人で隠れて泣いていた時。
見つけてくれたのは、まだ私より背の小さかったあの子達で。
ちょっと怒った顔と半べその顔を交互に見上げていたら、突然白い花が頭の上に降ってきた。
ひらりひらりと際限なく降ってくる花に目を丸くした私に、二人は得意げに杖を一振りする。

「ウィネが幸せでありますように」

笑顔の二人が送ってくれた言葉に、どれだけ救われたことか。


「なんで忘れてたかなぁ……」
懐かしい記憶に息を吐いて、ネックレスが入っていた包みを見下ろす。
他のプレゼントを開けずとも、これが一番嬉しいプレゼントに決まった。
送り主にお礼をしたくて、名前の一つくらい書いてないか無造作に開いたままだった包みをきれいに広げて、



―― あなたの幸せを祈ります ――



紙の端っこに小さく書かれたそれに、がつんと頭を殴られた気がした。

まさか、そんなわけない。
でも――――。
震える手で、ぎゅっとネックレスを握って。

「……シリウス?」
零れ落ちた名前に、いつの間にか目を覚ました梟が元気良く鳴き声を上げた。





シリウスのはずがない。

浮かんだ考えをどれだけ打ち消しても、わずかな可能性を期待する気持ちが消えなくて。
居ても立ってもいられず、梟が無事に飛び立ったのを見送った後、急いで身支度を整えて姿現しをした。

行き先はロンドン市グリモールド・プレイス12番地。

一瞬の暗転の後に石畳の道に降り立ち、きょろきょろと周りを見回す。
十数年ぶりの訪問だったけど、通りの様子が劇的な変化を遂げた感じはなく、ほっと安堵の息をこぼした。
そして、記憶を頼りに目当ての家を探す。探す、探す。

「ない……?」
だけど、どれだけ探してもブラック邸は見つけられない。
困惑とわずかな期待も打ち砕かれた虚脱感で、道のど真ん中だというのに足を止めてしまう。

「シリウス……レギュラス……」

名前を口にしたら、もうダメだった。
ぼろぼろと涙は止めどなく零れ落ちて、足下がふらついてその場にへたり込む。

あの子達はもうどこにもいない。
もう、会えない。

「会いたいっ……会いたいよ……!」

突きつけられた現実が受け入れられず、ずっと抱き続けている願いを吐き出すしかなくて。


「――――ウィネッ!!」


耳の奥に届いた声は、幻聴で。
霞んだ視界に映った姿は、幻覚で。
腕を掴んで、体を包んだ熱は――――。

ハッと現実に引き戻されて、誰かに抱きしめられていることに気づく。
頭ではすぐに離れようとしたのに、何かがそれを引き留めた。
「ウィネ……っ」
さっきよりも近くで呼ばれた名前に、ぎゅうっと胸が締め付けられる。
私は。
私は、この人を知っている。

「シリ、ウス……?」

小さな声で紡いだ名前に、灰色の瞳が揺れる。

「パッドフット!なにしてるんだ!!早く戻れ!!」
唇が何かを紡ぐより早く誰かの怒鳴り声を聞こえてきて、直後さっと体を抱き上げられた。
「きゃあっ!?」
誰かが私を抱きかかえたまま走り出す。進行方向に顔を向ければ、さっきまではなかったはずの懐かしい屋敷があった。



バタンッと背後でドアが閉まる。
「パッドフット!外に出るなんて何を考えているんだ!誰かに見られてでもしたら……おい、聞いてるのかパッドフット」
「──ああ、夢じゃないよな」
薄暗い玄関ホールに目が慣れるより先に、さっき外で聞いた声が私を抱きかかえる人物に向けて怒鳴り続ける。
それを無視して、吐息のような声が落ちてきた。
ゆっくりと顔を上げて、ぐっと唇を噛む。


「ウィネ」


そうでもしないと、大声で泣きじゃくってしまいそうだった。

「シリウス……なの?」
「……ああ。そうだ、俺だ」
頷いた彼に、シリウスに、たちまち視界が歪んでいく。
「シリウス……シリウス……ッ!!」
胸に縋り付いて何度も名前を呼ぶ。目からこぼれ落ちる涙は止まりそうにない。
「ウィネ、また会えるなんて……信じられない。どうしてここを訪れたんだ?」
「だって……っ、貴方がプレゼントをくれたから、会いたくなったのよ!」
「あれが俺からだと、分かったのか?」
私を立たせながら、シリウスは目を丸くした。そんな彼に口角が上がる。

「当たり前じゃない。私は、貴方のお姉ちゃんなんだから」
涙を拭って笑いかけた私に、シリウスがおかしそうに笑った。

「ウィネには敵わないなぁ」


会いたかったよ、大好きな人