一層あなたを好きになりました。
「明日、車に轢かれるかもしれないわよ?」
外へ行こうという僕の誘いを頑なに断る彼女は、強い口調でそう言った。
それに対して僕はあははと笑ってこう返したのだった。
「轢かれたりしませんよ」
────あの時自分には一体、何の自信があったのか。
宙を舞いながらぼんやりと考える。
空が夜色へと変わる黄昏れ時。
僕は車に撥ねられ、固いアスファルトの地面に叩き付けられた。
意識が覚醒した時、体が異様に重たかった。
指の先を動かすのも億劫だ。
と、不意に隣に誰かの気配を感じ、しかもその誰かが嗅いだことのある香りを纏わせていたから、ものすごく怠かったけど重たい瞼を懸命に持ち上げる。
そうして目に映ったのは、想像通りのだけど予想外の────、
「グミさん」
ゆっくり名前を紡ぐと、隣に座ったグミさんは緑色の目を見開いた。
「──何が、『轢かれたりしませんよ』よ」
「あはは……」
しかしそれも一瞬で、すぅっと目を細くすると刺のある声でそう言った。
それにただ苦笑を返すことしかできなくて、そうしたらグミさんはきゅっと唇を引き結んだ。
「それで……どうして僕はここに?」
寝たままの状態で首を回せば、視界に入るのはいつもは窓の外から見ている景色。
「リンが──私の飼い主が貴方が車に撥ねられたのを見ていて、家に連れて来たのよ。貴方の手当てもリンが──」
「?」
途中で言葉を切ったグミさんに疑問符を投げようとした時、ぱたぱたという音が聞こえてきた。
するとグミさんは無言で僕に背を向けると歩き出した。
それと同時に部屋の扉が開き、
「あっ、起きたんだ!……って、グミ?」
そこに立っていた一人の女の子は僕を見るとぱあっと顔を輝かせた。
それから自分の足元を通って外へと出ていくグミさんに気づいて、名前を呼ぶ。
しかしグミさんはそれに答えること無く、扉の向こう側へ消えてしまった。
そんな彼女を見送った女の子──恐らく、グミさんの飼い主であるリンという人間──は、僕の所へとやってきた。
「君、時々グミに会いに来てる猫君だよね?」
隣にしゃがんで僕を見ながら、リンはそう問いかける。
その声に悪意は感じられなかったけど、もしかするとグミさんに近づくなと言われるのかもしれない。だって、僕は野良猫だから。
そう考え、どう答えようか迷っていると、くすくすという笑い声が降ってきた。
首を傾げる僕に、リンは笑いを押さえて口を開く。
「グミね、君が眠っている間、ずっとここに居たんだよ」
そう言って、さっきまでグミさんがいた場所を指差す。
それから僕の目を見てにっこりと笑う。
「君のこと、すっごい心配してた」
良かったねと言ってリンは僕の頭を一撫ですると部屋を出て行った。
「心配……?グミさんが……?」
聞いた言葉を反芻すれば、それはとてもでは無いが本当だとは思えなかった。
(いやいや、まさか。いつも僕に冷たい視線と釣れない言葉をくれるグミさんが、まさか心配とかしませんよ。さっきだって第一声はそれは冷たいお声だったっていうのに……)
そこまで思って、はたと思い出す。
目を覚ました時、グミさんの緑の瞳が濡れていたことを。
「心配……してくれたのかな」
呟くと、ぼっと頬が熱くなった。
きぃ。
その時、耳に届いた微かな音に扉の方を見ると、扉の隙間からグミさんが顔を出し、僕を窺っているのが見えた。
グミさんは僕と目が合うと目を見開いて、急いで扉の向こうへと消えてしまったが。
そんなグミさんが可愛らしくて、僕は小さく笑った。
(そういえば、グミさんは素直じゃないんだった)
そんな所も好きだと思いながら。