高架下整備工事5日前
熱い舌が、ぺろぺろと指先を何度も舐める。
「まだ足りないの?」
そっと声を潜めて言えば、大きな瞳が見上げてきた。
わずかに濡れたそれは強請るように切なげに細められて、ぐらりと心が揺れる。
ああ、狡いなぁ。
今日こそは好きにさせてやらないと心に決めてやってきたのに。
「…わかったよ、私の負け」
これで何敗目だろう。
はぁとため息をつきながら、ぱああっと顔を明るくした相手の頭を撫でつつ、コンビニのビニール袋から、ドッグフードを取り出す。
「それでお終いだからね」
尻尾をぶんぶん振る様を微笑ましい気持ちで見ながら、お皿にドッグフードを注ぐ。
がつがつと餌を食べる音だけが高架下の暗い空間に響き渡る。
影の中の、時間の止まったような空間。
この空間が永遠に続けばいいのに。
そっと心の中で呟いて、彼の名前を付けた犬の頭を撫でる。
「ごめんね、さよならだよ」
そして、耳の奥から消えてくれない言葉を吐き出す。
ブルーの瞳に映った自分の顔が、今にも泣き出しそうなのには気づかないふりをした。