ご褒美で
ふふん、と鼻も高々な様子の先輩に、胸の中に広がるのは嫌な予感。
「どうしたんですか?」
「殿堂入りしたよ!」
ずいっと突きつけてきた右手には端末が握られていて、そこには先日投稿した先輩のソロ曲が流れていた。
そして動画の上部には、誰かがつけてくれたのであろうVOCALOID殿堂入りのタグ。
「あ、おめでとうございます。この前は随分と頑張ってましたからね」
「そうだよ!私、すっごい頑張ったよね!?だから、ご褒美ちょうだい!!」
ずずいっと紅潮した顔を近づけてくる先輩に、軽く体を仰け反らせる。
それから、はい?と眉を寄せる。
「ご褒美?」
疑問符を付けて呟いて、はたと一つの記憶に思い至る。
そういえば随分と前に、新曲の練習にやる気を出さない先輩と殿堂入りしたらご褒美くれる?はいはい、あげますよ。だからやる気出してくださいよ的な投げやりな応答をした気がする。
うわー、あんな口約束を覚えてたのかこの人。キラキラとした目でこっちを見てくる先輩に、感嘆とも呆れともつかない感情を抱く。
「ねえねえ。なにくれるの?」
今の今まで忘れていました。なので、ご褒美なんてありません。
正直に告げようかという選択肢が頭を過ったがすぐに打ち消す。そんな、ことを言おうものなら、この先輩のことだ。軽く一週間は機嫌を損ねるだろうし、ネチネチと厭味を送られることになるだろう。
かと言って、今あげられるようなものはない。どうしたものか、数秒逡巡し、最初に思いついたことで妥協することにした。
「先輩、目閉じてくれますか?」
「ん、はーい」
期待からだろう。素直でいい子な返事をして、先輩は目を閉じる。緑の目が完全に隠されたのを確認して、白い頬に手を添える。
ビクッと先輩の体が微かに震えて、少し不安そうな声が名前を呼び、それに答える代わりに唇を重ねた。
みっつ数えてから顔を離すと、先輩は目を真ん丸く開いて笑いを誘うような表情だった。
「おめでとうございます、先輩。次も頑張ってくださいね」
吹き出すのを我慢してくしゃっと緑の髪を撫でる。途端、面白いくらいに赤く染まった先輩に、今度こそ声を上げて笑った。
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