名字不要
「よろしく、新入生。私はグミ。呼び捨てで構わないわ」
気怠げな声で、机に腰掛けた彼女が言う。
リボンの色から一学年上だという事が分かって、「あの…」と怖ず怖ずと声をかける。
「名字はなんですか?」
「名字なんてないわ」
即答されて眉を寄せた。そんな俺から視線を外して、彼女は長くて細い脚を組みかえる。
「名前呼び捨て以外は無視するから」
機嫌悪そうな目が俺を見て、刺々しい声でそう告げてきた。
拒否を許さない雰囲気を滲ませた口調に渋々頷く。それを見た彼女は、もう興味は失せたとばかりに早々に視線を外した。
半開きの窓から吹き込む風が、彼女の新緑色の髪を揺らす。
それをなんとなしに眺めながら、変な先輩だと心中で呟く。
髪と同色の瞳は今は手元の携帯に落とされ、こちらを見る事はない。
すみませんと声をかけてみても、その視線が動く事はなくて、迷った末に息を吸う。
「ぐ、グミ…先輩、聞きたい事があるんですけど」
ぎこちなく呼んだ名前に、暫しの間の後に彼女の目が俺を映した。
鋭い視線に尻込みしそうになった時、不意に彼女が表情を少し柔らかくした。
「及第点ね、レン」
彼女の声で紡がれた自分の名前。それが随分しっくりと耳に馴染んだのが、とても不思議だった。