「命令だよ。」
最近、新人のメイドを雇った。
雇ったっていうか、リンが勝手に雇いやがった。
名前はグミ。リンのとこで執事をやってるがくぽの妹らしい。
兄譲りなのか、性格は至ってまじめ。
料理や掃除やその他諸々の仕事をそつなく熟す、優秀なメイド。
今まで何人ものメイドを辞めさせた、気分で突きつける無理難題も完璧にクリアしてしまう。
どうやったら、俺のメイドを辞めたいと言わせられるか。
最近の一番の楽しみは、それを考えることだった。
「ご主人様、お茶の時間です」
扉をノックする音の後に、よく通る少女の声。
ソファに横になったまま入れと返せば、グミが室内に入ってきた。
そして、ワゴンで運んできたティーセットをテーブルへ移す。
「なぁ、グミ」
「今日のケーキは、ご主人様のお好きなバナナケーキですよ」
「グミが食べさせてよ」
その言葉に、紅茶を注ごうとしていたグミの手が止まる。
どういう意味かとこっちを見てくるグミに、体を起こしてもう一度同じ言葉を繰り返す。
「主人の命令」
そして、一言を付け足す。
これを言えば、従者は拒否なんてできない。
グミは「分かりました」と言うと、切り分けたケーキをフォークで一口サイズに切った。
「どうぞ、ご主人様」
それを俺の口まで運んで、照れた様子もなく言う。
大人しくケーキを口に含んで、咀嚼する。
バナナの味が口内に広がり、素直に上手いと思えた。
普段ならこのケーキに免じて、これ以上のちょっかいは出さなかった。
だけど今日は雨で、課題も終わって、本も読み終わってて、兎に角暇だった。
だから、だ。
「次は口移しで食べさせてよ」
そんなことを思いついて、そして口にしてしまったのだ。
新緑の瞳が、剣呑な色を孕む。
いつもより強い怒りの色に、無性に気持ちが高揚した。
「命令、だからな」
口元が意地悪くにやつくのを抑えることもなく、彼女を服従させる一言を言い放った。