腹痛ガール
「レンレン、生理痛やばい。超痛い」
「あのさ、俺男だからね。いきなりそういうの言われると対応に困るんだけど」
「そう言いながら、保健室に連れて行ってくれるレン君マジ紳士。私が彼女ならお礼にプロポーズしてあげてもいいよ」
「彼女だよね、お前。俺の。あと、プロポーズは俺からするから」
抱き上げたグミの体の軽さに、食生活を本気で心配に思いながら、やけに言葉数の多い彼女に適当に返答をする。
授業中だから廊下に人は居ないけど、通り過ぎる教室からは冷やかしやら羨みやらの視線が投げつけられていた。
それらを極力無視して一階へと向かい、辿り着いた先の保健室のドアを足で横に開ける。
中にいる養護教諭に声をかけようとして、誰もいない事に気づく。開けっ放しとか不用心すぎる。
そう思いつつ溜め息を吐いて、中に入って一番手前のベッドにグミを下ろす。
「あんがと、レン。授業戻っていいよ」
上靴を床の上に落として、グミは白いシーツに潜り込む。
無造作に落とされた上靴を揃えて、背中を向けるグミを見下ろして、
「グミさぁ、なんでそんなに機嫌悪いんだよ。腹痛いからじゃないだろ」
首の後ろに片手をやりながら、溜め息とともに言葉を落とす。
「グミ?聞いてるか?グミさん?」
反応が無くて繰り返し呼びかけても、目の上までシーツを被ったグミは頑なに顔を上げようとしない。
さっき吐いたばかりの溜め息をまた吐き出して、ベッドの上に乗って、グミの上に覆い被さるように体を屈める。
「グミ、顔出せ」
言いながら、シーツを引っ張れば、眉間に皺を寄せて心底不機嫌そうなグミとご対面した。
「別に普通だし」
「どこが。常時気まぐれなお前に振り回されてる、苦労人な彼氏の観察眼を舐めんなよ」
無駄に自慢げにそう言うと、微妙な視線が返ってきた。
だけどそれを気づかないふりをして、緑の目を見つめる。
そうしたらグミは渋々と唇を開いて、
「……生理が来たのが不満」
「……お、まえさぁ、だからそういう単語を言うなと……」
別にその単語が恥ずかしいとかじゃないけど、堂々と言われると少し焦る。
そんな俺を冷やかすでもなく、グミは口を開き、
「妊娠できなかったのがめちゃくちゃ不満」
爆弾投下。それもばかみたいに特大のやつ。
暫く思考停止に陥って、無言で見上げてくる目に我に返った。
いや、確かにそのような行為を先月したけど。
「は、だって避妊したし。え、て、なに?え?」
真っ先に思いついた解答を口にする。
だけどその後に続くのは、無意味な疑問符だけで。
「レンの赤ちゃんが欲しかったのにな」
ぽつりと呟かれた言葉に、かあああっと顔に血が上ってくる。
視線の先の緑の目は静かなもので、ただ俺の返答を促していた。
いつの間にか、グミの冷たい手が顔の横に置いた俺の手を掴んでいた。
ごくりと生唾を飲み込んで、大きく深呼吸をする。
「俺だって、グミに俺の子どもを生んでほしいよ」
うわぁ、何言ってるんだ俺。
言った瞬間、頭の中で突っ込んだ。
グミだって驚いた様に目を丸くしてる。
ってことは、さっきのあれはいつもと同じジョークだったのかもしれない。
だけど一度口にしてしまったものは取り消せなくて、腕を掴んでグミの体を引っ張り上げる。
「え、と、今のは勢いで…」
「冗談なの?」
向かい合ったグミの真剣な視線に、どうやって誤魔化そうかと考えるのをやめた。
そして、目を閉じて一つ呼吸をしてからグミの目を真っ直ぐに見つめる。
「いや、本音。引くかもしれないけど、本当にそう思ってるよ」
静かに言ってからもう一度深呼吸をして、黙っているグミに告げる。
「だけど、俺達はまだ学生で子どもなんて作っちゃいけない」
その言葉にグミが眉根を下げて、軽く唇を噛む。
それを見て、ぎゅっと握った手に力を込め、
「もうちょっと待ってて。俺、グミと生まれてくる子どもを守れるだけの力を手に入れるから。絶対に幸せにするように頑張るから」
信じてもらえますようにと願うように伝えれば、グミから悲しげだった表情が消えて、代わりに柔らかな笑みになった。
「まるでプロポーズみたいだね」
頬を薄く紅で染めて、グミが照れくさそうに笑う。
それが果てしなく愛おしくて、抱きすくめて顔を寄せる。
「次は指輪付きで言ってやるから」
「約束だよ?」
グミが身に纏う白いシーツに、スピーカーから流れてくるチャイムの音。
触れ合った熱に幸福感を噛みしめながら、それらがウエディングドレスとチャペルの鐘の音になる日を思い描いた。