約束のゆびきり
「レン兄!」
「グミ、帰りか?」
名前を呼んだ馴染みのある声に、スマホを操作していた手を止めて顔を上げた。
そして、正面から小走りに駆け寄ってくるグミに気づいて、少し頬を緩ませる。
「うん、そーだよ。先生に解らないとこを聞いてたら遅くなっちゃって」
えへへと照れくさそうに笑って、頬を掻く。
そんな動作が可愛らしくて、無意識のうちに頭に手を置いていた。
「グミは頑張り屋だな。受験、がんばれよ」
「うんっ!」
不意に向けられた満面の笑みに、心臓がどくどくと心拍数を増す。
それを誤魔化すように黄緑の髪をぐしゃぐしゃにする。
生糸みたいなさらさらの髪が凄く気持ちいい。
「ちょっと、レン兄!」
「ははっ、悪いって。それより、早く帰らないとがっくんが心配するぞ」
「……レン兄は帰らないの?」
「大学のやつと飲みに行くんだよ」
不満そうな上目遣いに問われてぐっときたが、グミの頭を軽く叩いて気持ちを抑える。
「むぅ……折角、久々に一緒に帰れると思ったのに……」
ぽつりと、グミが零した言葉に目を丸くする。
子どもっぽく頬を膨らませたグミと目が合い、さっと視線を逸らす。
「……ま、またそのうち夕飯食べに行くから」
「本当に?」
「ああ。あ、デザートにバナナ使ってなんか作ってくれよ」
「なんかって……」
「この前のマフィンとか美味かったぜ。って、受験生に頼んじゃだめか」
「作る!だから、絶対来てよ!」
食い気味に宣言してきたグミに、ちょっと面食らいになりながら首を縦に振る。
そうすればグミが頬を赤らめて、めちゃくちゃ嬉しそうに笑って、
「指切りげんまん!」
そう言って、小指を差し出してきた。
何も考えるなと自分に言い聞かせながら、昔そうしたように小指を絡ませる。
白くて、細くて、すべすべの指の感触に、胸の奥で何かが疼くのを必死に無視する。
「嘘ついたら針千本のーますっ」
「はいはい、指切った。ほら、中学生は早く家に帰れ」
「はぁーい」
グミが指切りげんまんを歌い終えると同時に指を離して、その手を追い払うようにひらひらと振る。
素直に返事をして、グミはスカートを翻して俺に背中を向ける。
「じゃあね、レン兄!お酒、飲み過ぎたらダメだからね!」
「わーったよ。グミこそ、気をつけて帰れよ」
そう言って、片手を大きく振りながらグミが駆けて離れていった。
その姿が見えなくなってから、グミの熱が残っているような気がする手で顔を覆い、様々な感情が混ざった息を吐き出し、
「なあ、お前さっきの子と知り合いなのか!?」
妙に興奮した声とともに、がばりと肩を引っ張られてた。
振り返ってから肩に乗せられた腕を払い除け、待ち人を睨みつける。
「お前、いつからいたんだよ。15分も待たせやがって……」
「いいなぁ!お前、あんな美少女と知り合いなのよ!レン兄って!グミちゃんに俺もお兄ちゃんとか呼ばれてえ!」
「人の話を聞け……は?なんでお前、グミの名前知ってるんだよ」
額を押さえて吐き出そうとした息を止め、拳を握ってなにやら叫んでいる飲み仲間を見る。
その言葉には少しばかり不穏な空気を込めていたのだけれど、友人は全く気づかないで、
「昨日発売の雑誌に載ってたんだよ。美少女コレクションみたいな特集に。今日、サークルのやつらと見てたんだけど、人気だったぜ?一番でっかく載ってたからな、グミちゃ」
「お前がグミの名前を気安く呼ぶな」
すっと目を細めて、しゃべり続ける相手の襟元を締め上げて告げる。
さすがにそこで相手も俺の機嫌が最高に悪くなったことに気づいたらしく、ぱくんと口を閉じた。
「今日のこと、全部話すよな?」
にっこりと笑いながらそう問いかければ、相手はこくこくと何度も頷いた。
title by 花涙