俺の声、好きなんだろ?
新しく貰った楽譜に目を通していたら、急に後ろから手が伸びてきて取り上げられた。
「グミ、楽譜返してよ」
首を回して後ろに立ったグミにそう言えば、笑いながらごめんなさいと謝罪が返ってきた。全然悪く思ってないな、こいつ。
はぁと息を零して真ん中を占領していたソファの端に寄れば、グミが隣に座ってくる。
「レン先輩って結構高い音でも歌ってますよね」
暫くメロディを口ずさんだ後、グミは楽譜を俺に返してきながら言った。
「うん。まぁ、そんなにきつくないからいいけどな」
個人的にはもう少し低いのが良いのだけれど、慣れとは怖いもので最近は女子達でも高い音域を平気で歌ってしまっていたりする。
「でも、レン先輩って低音も格好いいですよね」
明るい声に目を瞬かせれば、グミは笑顔のまま他のレンの歌を聴いたのだと続ける。
「聞きやすいし耳に馴染むし、その曲のレンさんの声が超かっこよくてですね」
嬉々として語るグミ。
その口から出るのは俺の名前で、だけどそれが指すのは俺ではない見知らぬ「レン」で。
そんな俺以外の「レン」のことを嬉しそうに喋るグミに、段々と苛々が沸き上がってくる。
「私、ほんっとに大好きなんです!」
極上の笑顔で告げたその言葉に、俺の中でぷつりと何かが切れた音がした。
「グミ」
腕を掴んで引き寄せれば、腕の中に収まったグミはきょとんとした表情で俺を見る。
グミの後頭部を手で掴み、俄に慌てだしたグミの耳元へと唇を寄せる。
そしてほとんど触れそうな距離で息を吸って、
「そんなに好きなんだ、俺の声」
普段は滅多に出さない、グミが好きだと言った低音を囁く。瞬間、グミの体が震えた。
「れ、レンせんぱ」
「なに?」
「ひゃぁっ」
息を吹きかけるように問えば、グミは高い声を出す。
その様子が楽しくて喉の奥で笑うと、その度にグミは体を揺らす。だけど声は出したくないのか手で口を塞いでしまっている。
それが面白くなくてどうにかさっきの声を出させて、グミの顔が羞恥の赤に染まるのを見たくなった。
「俺の声、好きなんだろ?」
一層低く、それでいて切なく囁けば、グミはそれまでより体を強ばらせる。
「なぁ、どうなんだよ?」
グミの手を捕まえて、吐息が触れるほどの距離で問いかければ、グミはこれ以上ないほどに顔を赤くして、泣きそうな目で俺を見た。
それを真正面から捉えて意地悪く笑い、なかなか答えないグミへのお仕置きをするために再度耳元に唇を寄せる。
そして今度は耳朶に噛みつく。
「っん、ゃぁっ」
甘噛みをして舌で舐めれば、グミは堪えきれずに甘い声を零す。
「グミ、耳弱いんだ」
「んゃ、ちがっ」
「嫌じゃないし、違わないだろ」
新しい発見をしたと執拗に耳を攻めて、グミが乱れるのを視覚的聴覚的に堪能する。
そして、そういえば俺の問いに対する答えを聞いていないなと頭の片隅で思い出す。
「俺、グミの声好きだよ」
いつもの明るい声も、歌う時の澄んだ声も、強請る時の甘えた声も、今みたいな艶のある声も。
それはからかいなんて微塵も含まない本心からの言葉で。
「わ、たしも、レンせんぱいの声、大好きです。他のレンじゃなくて、あなたの声が好きです」
乱れた息の中でグミが返してくれた言葉は、すぅっと俺の胸に染み込んできた。
目尻に涙を浮かべながらグミは俺を見て、恥ずかしそうに笑う。
そんなグミはとても可愛くて、愛おしい気持ちが溢れてきて。
「……俺も大好きだよ」
たまに嫌いになることもある少年の声でそう告げて、グミの赤い唇に触れた。
title by 確かに恋だった