君のナイト様
「四季、この服のデザイン面白いね」
私が描いたデザイン案を見ていたエリの言葉に、裾に刺繍を縫う手を止める。
そうすると、エリはファイルを広げて差し出して来た。
そのページのデザインを見て、あぁと小さく頷く。そこに描かれていたのは、件の死神ゲームの中で出会った少年――リクが着ていた服。
「これね、少し前に会った男の子が着てたものなの」
「へぇ。どんな人?どこで会ったの?」
紙を指でなぞり、少し考えながら言葉にしていく。命懸けのゲームに参加していたことはエリには秘密だから。
「えーと……私がピンチの時に助けてくれたの。同じくらいの年っぽかったけど、クールで顔もよくて…」
銀髪に、青の瞳。整った容姿と落ち着いた物言い。
颯爽と現れたと思ったら私を背中に庇ってくれた。敵を剣で薙ぎ払っていく姿は、今思い出してもとてもかっこいい。
そこまで思い返して、驚きに目を丸くした顔が思い浮かんだ。
「あ、でもね。ナイト様って呼んだら俺はそんなのじゃないぞ!なんて言って慌てちゃってね。可愛かったなー」
軽い冗談を真面目に受け止めて、声が裏返るほどに驚いたリク。
ああいうのをギャップ萌えって言うんだっけ?リクの慌て様とそれに対して抱いた気持ちを思い出してふふっと笑えば、エリの顔が少し曇った。
どうしたんだろうと頬の緩みを消すと、エリが言いづらそうに口を開く。
「その人の事、桜庭君は知ってるの?」
「音操?えーと…多分?音操の友達の友達だし」
直接は会っていないけれど、リクはソラの友達で音操自身もホログラム映像でリクのことは見たらしいし。
しかしそれを説明することはできなくて、曖昧に言葉を濁せば、少し間を開けてエリが言った。
「四季、このことは桜庭君には話さない方がいいよ」
「悪かったな、ナイトじゃなくて」
ナイト、という音操にはおおよそ似合わない言葉に不思議に思いながら隣を見れば、ムスッという擬音が似合う表情が目に入った。
「音操?どうしたの?」
そんな顔をしている理由が分からなくて問いかければ、音操はそっぽを向いて歩幅を大きくした。置いて行かれないように小走りになりながら、ナイトという単語を最近やり取りしたことを思い出す。
「……あ。もしかして、リクのこと?」
思いついたことをそのまま声に出すと、ぴたりと音操の足が止まった。少し迷った後、思い切って前に回り込んで顔を見れば、音操は眉間に深い皺を寄せていた。
――音操。名前を呼ぼうとして、それより先に音操が口を開く。
「俺は……俺は性格良くないし顔も良くない。……それに、四季のことを助けるどころか消そうとした」
どんどん小さくなる声に、痛々しそうに歪む表情。言い終えると顔を俯けて黙り込んでしまった音操に、拳を握りながらゆっくりと口を開く。
「違うよ、音操はちゃんと助けてくれた。私のためにゲームを戦い抜いてくれたでしょ?私が今、ここで生きているのは音操のおかげだよ。……それにね、音操は私の心も救ってくれたんだよ?私は私のままでいいって。すごく嬉しかったんだから」
少しだけ顔を上げた音操の目を覗き込むように見つめて、彼の中の不安を消せますようにと願いながら笑いかける。
そうすると音操の目が丸くなって、そして気恥ずかしそうに顔をそらした。頬が少し赤い。
それを見てこっちまで恥ずかしくなったけど、まだ言ってないことがあったからもう一度口を開く。
「第一、音操がナイトなんて絶対ヤダ!私だって、音繰と一緒に戦うんだから!!」
守られるなんて嫌。
だって、それじゃ生き残れない。
「って……音繰からしたら、足手まといなだけかもしれないけど」
意気込んで告げたはいいものの、死神ゲームの最中のことを思い出して段々と視線が下がって行く。
私は音操みたいに色んなサイキックが使えないし、強くもなかったから。
そろそろ靴の先が見えようかという時に、ペチッと額に軽い衝撃。
驚いて顔を上げれば、呆れたような音操の目とかち合った。
「お前は馬鹿か」
「ええ!?っ、音操!いひゃいよ!」
「お前が馬鹿なこと言うからだ」
徐に頬を抓んできた音操に抗議の声を上げても、音操は手を離してくれない。
なんか怒ってる?不安になって音操を見たら、大きく息を吐かれた。
「足手まといなわけないだろ」
ぼそっと零した声にとくんと胸が鳴る。
音操の真っ直ぐな視線に、心臓の鼓動が早くなっていく。
「俺の方が四季にたくさん助けてもらった。四季がパートナーだったから、俺はここにいるんだ」
そう言って音操が見せた笑顔に、息をするのを忘れた。
音操が頬から手を離して、ようやく我に返った。
とくとくと心地よいテンポで鼓動する心臓に、身体はほんわりと温かくなる。
音操の言葉がとにかく嬉しかった。
頬を赤くして、でも今度は目を逸らさないでいてくれた音操に見せるのはとびきりの笑顔。
「じゃあ、私が音操のナイトになるね」
――ビシッ。
本日二度目のデコピンは、思わず涙が出るほど痛かった。