会いたいの気持ち
「離れていても、心は一緒だよ」
そう言って君は笑い、それから私を抱きしめた。
じんわりと伝わってくるぬくもりに我慢すると決めていた涙が頬を流れた。
「……こんな展開になれば良かったのにねぇ」
溜め息混じりに言葉を零して、ぱたんと音を立ててハードカバーの本を閉じる。
首を逸らして息を吸い、机の端に置いた携帯に視線を投げる。
「……何が毎日メールするからよ」
遠方の大学に進学するサトシを見送りに行った日、毎日メールをするとアイツは言った。
その言葉を真には受けなかった。(だって、あのサトシが毎日なんて無理に決まってる)
だけど、少し、ほんの少しは期待したのだ。
なのに。
「3日も続かなかったじゃない」
メールが届いたのは、引っ越ししたその日、そしてその次の日だけ。その後は全く音沙汰無しときた。
なんの反応もしない携帯を手に取り、アドレス帳を呼び出す。
一番上に並んだサトシの名前。
サトシからメールがこなくても、自分から連絡を取ることもできた。
だけどアイツがああ言ったから、もうちょっと待とう、待とうと思っているうちに、気がつけば早一ヶ月。
今となっては、連絡が取りづらくて。
「ばかサトシ」
胸の中がぐちゃぐちゃになって、たまらずベッドにダイブした。
スプリングが軋んで、体が柔らかなマットに沈む。
携帯を握ったままの右手に力を入れ、瞼を下ろす。
ねえ、元気なの?
大学には慣れた?
友達は出来た?
授業はちゃんと受けてる?
ご飯は食べてる?
今、何してるの?何を考えてるの?
私のこと、想ってくれてる?
「想ってるよ」
不意に聞こえてきた声に目を開け、ばっと体を起こす。
周りを見回すが、部屋には自分一人しかいなくて。
「まずい、遂に幻聴が……」
「幻聴じゃねえし」
「!?」
再び聞こえた声。それは間違いなく──、
「サト……シ?」
「そうだよ。他に誰が出るんだよ、俺の携帯なのに」
「携帯?」
サトシの言葉に右手に握った携帯に視線を落とし、ディスプレイに表示された通話中の文字に目を見開いた。
ベッドに飛び込んだときに通話ボタンを押したのか。
「おい、カスミ」
名前を呼ぶ声に我に返り、携帯を耳に当てる。
「お前さ、俺に会いたいの?」
「は、はあっ!!?何言って……」
「いや、さっき私のこと想ってんのーとか言ってたから」
「っ!!?あ、あんたいつから聞いて、っていうか私、声に出してたの!?」
「元気なのーくらいから」
「それなら、早く声かけてよ!!」
受話口に向かって叫ぶ。
心の中で言っていたはずの言葉を実は口に出していて、しかもそれを当の本人に聞かれるという最悪の展開に、恥ずかしさから瞬く間に顔が熱くなった。
「カスミ」
「う、うううるさい!!切る!」
「カスミ!!」
サトシの強く大きな声に、ボタンを押そうと力を込めた手を止める。
「切るな、頼むから」
「わ、分かったわよ」
その言葉に何とか頭も落ち着いて、ベッドの上に体育座りで座り直す。
「……で、なに?」
「なにって、かけてきたのはお前なんだけどな……って、待て切ろうとするな」
「早く話して」
低めの声でそう言うと、サトシは分かったよと答えた。
そして、息を吸う音がして、
「悪かったよ」
ぼそりと言われた台詞に、え?と問い返した。
「メール」
「あ……あぁ」
「全然続かなかった」
声のトーンが落ちる。
どうやら少しは気にしていたみたいで、それだけでちょっと心が軽くなった。
「そうね。まぁ、最初から期待はしてなかったけど」
「おい」
笑い混じりに返せばサトシは不機嫌そうな声を出した。
サトシが眉を寄せる様子が頭に浮かんできて、思わずくすくすと笑ってしまった。
そうすると電話の向こうでサトシが押し黙った。
「……あのさ」
「なに?」
「……俺、忘れたりしてないからな」
まじめな声で紡がれた言葉に、笑いが止まる。
それを感じ取ってか、忘れてないとサトシが繰り返した。
「カスミのこと、ずっと想ってるから」
「あ、あんたはなんでそんなことをさらっと……」
「俺、カスミに会いたいよ」
耳に流れ込んできた言葉。
私がいつも思っていて、だけど言えなかった言葉。
「カスミは?」
そう問われたら、自分の気持ちを誤魔化すなんて出来なくて。
「……会い、たい」
会いたい。
会って、話したい。触れたい。
いっぱい、いっぱいしたいことがあるの。
そんな想いを込めて、紡ぐ。
「うん。俺もカスミのこと抱きしめたい」
「っ!ばか!」
かっと再び熱くなった頬を誤魔化すために、受話口に向かって大きな声を出す。
そうすれば今度はサトシが笑ったのだった。