花火
それは、ある夏の日の忘れ物。
「コダーーッ!」
「!?」
家中に響き渡ったコダックの鳴き声に浅い眠りから叩き起こされ、慌てて上半身を起こす。
そして廊下の方から聞こえてくる鳴き声に急いで廊下へと続くドアを開け、
「コダッコダーッ!!」
廊下の先、全開になった物置の扉の前で多種多様な荷物の下でバタバタと足掻くコダックの姿に、深く息を吐き出した。
「本当にあんたって奴は……」
こんなことで私の快眠は邪魔されたのか。
そう思うと沸々と怒りが沸き上がってきたけれど、しかし耳に届く何とも間抜けな(本人にしてみたら必死な)声に、すぐに呆れに変わってしまう。
「っとにもー……」
ずっと見ているわけにもいかず、小言を言いながらコダックの上に乗った物を退かしていく。
そうしながら廊下を見渡し、そこに散らばる荷物の多さに今度の休みは物置を整理することを決めた。
「っと……ほら、大丈夫?」
最後の荷物を退かし、コダックの体を抱き起こす。
「あんたのせいで私の睡眠時間が減ったんだからね」
「コダー」
怒ってはないものの一応文句を言ってみるが、いつものポーズで返事をしてきたコダックに力無く肩を落とし息を吐き出す。
そんな私にコダックは更に頭を捻り、と思うとゆっくりと荷物の山へと歩いていき何やら山を漁り始めた。
「今度はなに?」
無性に疲れを感じながらコダックの横まで行き、コダックが差し出してきたビニール袋を受け取る。
何が出てくるのかと訝しがりながら袋の結び目を解き、
「花火?」
透明な袋の中に入っていた小さな打ち上げ花火に目を瞬かせる。
なんでこんな物が?
覚えのない花火に記憶を探り、唐突に映し出されたサトシの笑顔に思考が止まる。
「……そういえば去年やったっけ」
頭の中に次々と浮かんでくるサトシとピカチュウ、それにタケシやケンジの楽しそうな姿に去年の夏に花火をやったことを思い出す。
確か手持ち花火が終わった頃に雨が降ってきて、その後やる予定だった打ち上げ花火は私が引き取ったんだった。
「……やりたいの?」
コダックにそう問いかけると、嬉しそうに鳴き声を上げた。
そして、すっかり日も沈んだ午後九時。
玄関前で蝋燭に火を灯し、玄関の電気を消す。
月が雲に遮られた真っ暗な世界に橙色の火はやけに明るく輝く。
「危ないから下がってなさい」
隣に立つコダックにそう言ってから玄関から離れた場所にセットしていた打ち上げ花火に近づき、導火線に火を点ける。
そして、予想通りというか後ろを付いてきていたコダックを抱えて花火から離れ、
ドォンッ!!
腹の底に響く低く大きな音は、それと同時に鮮やかな大輪を黒の世界に咲かせた。
「綺麗……」
予想していた以上に綺麗な花火に思わず目を奪われ、自然と口から賛美の言葉が零れる。
「へえ、結構綺麗だな」
「!!?」
そして唐突に聞こえた声に、瞬時に視線を下ろし、
「よお、久しぶり」
雲の間から降る月明かりの下、笑いながらそう言ってサトシは片手を上げた。
「……な、なんで此処にいるのよ!!?」
「打ち上げ花火やり残してたの思い出してさ」
驚きから上ずった声で言葉を投げ、すぐ前まで来たサトシの返答に心の中に浮かんでいた微かな期待が瓦解する。
「……ってもしかして今のが?」
「そうよ」
険のある返事をするとサトシはえーっと声を上げ、それから腕組みをすると何やら悩み始めた。
そんなサトシから視線を逸らしコダックを地面に下ろしながら、自分に会いに来てくれたんじゃないかと期待したことを心の中で嘲笑う。
「んー……、しょうがないな」
「え?」
そして頭の上から聞こえてきた声に顔を上げるよりも早く、右手を包んだ温もりに目を見開き、
「カスミ、買いに行くぞ!!」
そう楽しそうに言ったサトシの笑顔に、花火を見た時と同じように目を奪われた。
再び月が雲に隠れた真っ暗闇の中、きらきらと明るく輝くのは熱を伴った光の芸術。
無邪気に笑うサトシを見て、一つ決めた。
どんな理由であれ、来年も君が帰ってきてくれるように――──。
「また雨かよ」
「本当……ついてないわね」
タオルで濡れた髪を拭きながら、窓の外で激しく降る雨を眺める。
「カスミ、残ったやつ勝手にやるなよ!また来年やるんだからな!」
念を押すようにそう言ったサトシに苦笑混じりに言葉を返す。
今年も打ち上げられることのなかった打ち上げ花火に、ごめんねと心の中で謝りながら。