素直になんて
食欲をそそる黄色い卵焼きを箸で二つに切って口へと運ぶ。
咀嚼すると口の中に広がった丁度良い甘さに口元が綻ぶ。
よく噛んで飲み込み、もう半分も食べようと箸を伸ばし、
「ていうか、カスミの奴がさ」
耳に届いた不機嫌な声に箸を止め、声の主に気づかれないようにとても小さく息を吐き出し顔を上げる。
「あのねぇ、こっちがご飯を美味しく食べてる時に愚痴るのやめてくれない?」
売店のパンを食べながら文句を並べていたサトシにそう言うと、サトシはばつが悪そうな顔になって悪いと一言謝罪の言葉を言った。それから盛大な溜息を吐くと残ったパンを一気に口に押し込んだ。
許容量いっぱいに詰め込んだパンを咀嚼するサトシをジト目で眺め、
「で?」
サトシの頬の膨らみが小さくなったのを見計らって話の続きを促すと、サトシは口の中の物を嚥下した。
「さっきカスミと話してたんだけどさぁ」
そしてそう切り出すと、彼が絶賛片想い中である彼の幼なじみについて語りだした。
「ってことがあったんだよ」
一分後。
それまで止まることなく喋り続けていたサトシはそう言い括ると、ペットボトルの蓋を開けて中身をあおった。
そして蓋を閉めながら一つ息を吐きだして、
「ヒカリは素直になれよ」
そんなことをぬかしてきた。
「はあっ?」
「い、いや、まあ、ヒカリはか……、可愛いからこんなアドバイス必要ないかもしれないけどなっ」
全く脈絡のない言葉に反射的に口から出たのは随分と間の抜けた声で、サトシはそれを聞いて私がキレたとでも思ったのか慌てた声でそう続けた。
可愛いのと素直なことに何の関係があるのかとか、何で可愛いと言う時にちょっと間があったのかとか、色々と言いたいことはあったけど。
「……素直になんて、なれるわけないじゃない」
呟いた言葉は、教室の喧騒に掻き消された。
「え?」
やはり聞こえなかったらしくサトシは首を傾げて疑問符を発したけど、私は聞こえないふりをして残っていた半分の卵焼きを口に放り込む。
「しょっぱ……」
そして、口の中に広がったしょっぱさに、小さく言葉を吐き出した。