Before be Bubble
いつか私は人魚姫と同じように泡になる。
何時からかも、何でかもわからないけど、ずっと私はそう思っていた。
ごぽり、と音を立てて体内の酸素が外へ出ていく。
それは大小様々な泡となり、水の中を上へ上へと昇っていった。
伸びて動かない脚。
ゆっくりと沈んでいく躯。
徐々に霞んでいく視界。
耳の奥で響く甲高い音。
ああ、やばいな。
全然動かない頭でぼんやりとそう思って、
「────っ!」
耳に届いた音に閉じかけた目を薄く開いて、音の正体を見つける前に視界は黒に塗りつぶされた。
「──っげほっ、ごほっ!!」
突然肺に入り込んできた大量の空気に咳込み、代わりに水を吐き出す。
荒い呼吸をするたびに体に入ってくる冷たい空気に薄く目を開くと、照明の明かりを反射しながら揺れる水面が視界に映った。
体中に酸素が行き渡るのを感じながら、まだぼんやりとする頭で一体何が起こったのか考えようとして、
「カスミっ!!!」
鼓膜を叩いた大きな声に勢いよく顔を上げ、
「サト……シ?」
目の前の、びしょ濡れのサトシの姿に言葉を無くした。
「あんた、何で……」
「お前なあっ!なんで溺れてるんだよ!自称人魚のくせに溺れるなっ!!」
いつもなら笑ってしまいそうな台詞を怒鳴るサトシに目を見開き、そしてその物凄い剣幕に俯く。
「……ごめん、なさい」
そして消え入りそうな小さな声で謝り、怖ず怖ずと顔を上げる。
するとサトシは一つ盛大に息を吐き出し、
「心配させるなよ、バカ」
そう言って私を抱き締めた。
私の肩に顔を埋めて吐き出された声は震えていて、サトシに心配をかけた罪悪感が沸き上がる。
そして水によって冷えた私の体を抱く、熱く力強い腕が無性に愛しくて。
「サトシ」
サトシの耳に口を寄せて囁くように名前を呼び、
「好き」
顔を上げたサトシの体に抱きついて、声を震わせながら言う。
「え……?」
驚きに見開かれたサトシの目を真っ直ぐに見つめると目頭が熱くなって、濡れた頬を熱い涙が零れ落ちた。
「わ…私はっ……、サトシが好き」
つっかえながら繰り返し、顔を俯けて幼い子供のように泣きじゃくる。
頭上から降ってくる視線を感じながら泣き続け、
「俺もカスミが好きだ」
優しい声で紡がれた言葉に涙が止まった。
「ほんとに……?」
「あぁ。俺はカスミが好き」
だけど、そう言いながら私の頭を撫でるサトシの手が声が優しくて、再び涙が溢れてきた。
やっぱり私は泡になりたくない。
ずっと、ずっと貴方の隣にいたい。
だから、何時かまた私が泡になりそうになったら、どうかその前に私を救い出して下さい。