淡恋
「貴女がカスミさんですかっ?私、ヒカリですっ!」
受話器を取った瞬間、画面に映った見知らぬ女の子に目を見開き、思考が停止する。
しかしすぐにどう対応するか考えようとした時、
「いったあっ!」
突然画面に現れた手によって後頭部を叩かれた彼女に再び驚く。
「ヒカリ、お前邪魔」
そして、聞き覚えのある、しかし記憶にあるものより少し低い声に息が止まる。
ヒカリと名乗った少女が不満そうに頬を膨らませて後ろを振り返るのを見て、
「ていうか、カスミが驚いてるだろ」
彼女の後ろに立った、不機嫌そうな顔のサトシの姿に目を見開いた。
「嫌っ!私もカスミさんに話したいことあるもの!っていうか、まずは頭叩いたことを私に謝りなさいよ!」
「ヒカリがどかないからだろ。……あー、分かった、分かったから。俺が悪かったって、叩いて悪かった、ごめんなさい」
「誠意が全然無いっ!」
画面の向こうで繰り広げられる、完全に蚊帳の外の会話を呆然と聞き、
「話終わったら呼ぶから、それまでどっか行ってろ!」
その言葉で決着がついたのか、彼女は一度私を振り向いて「あとで話そうね!」と笑顔で言うと、画面の外へと出て行った。
対して、画面の中に残ったサトシは彼女が去って行った方を見たあと息を吐き出した。
「よぉ、カスミ。久しぶり」
そしてこちらに向き直ると口角を上げて笑った。
今までは彼女の体に隠れていて見えなかった全身が画面に映り、その体つきが以前よりも男っぽくなっていることに気づいて、何故か恥ずかしさを感じて目を伏せる。
椅子に座る音に僅かに視線を上げると、苦笑するサトシと視線が交わった。
「悪いな、驚かせて」
「別に良いけど……それより良いの?彼女を放っておいて」
「いいよ。あ、あいつはヒカリって言って、今一緒に旅をしてる奴なんだ」
旅という単語に体が小さく震えた。
それを隠すように膝の上に置いた手を握りしめ、
「サトシ」
「なんだ?」
画面の中で笑うサトシに向けて口を開いた。
その自分の声は揺れ動く内心とは裏腹にとても落ち着いたもので、サトシは笑顔のまま言葉を返してきた。
「随分、彼女と仲が良いのね」
「ああ。結構長い間一緒に旅してるしな。良い奴だよ」
「……そう……良かったじゃない。旅仲間とは仲良くしないとね」
得意げに笑ったサトシに、搾り出す様に声を返しぎこちなく笑う。
サトシの声を聞いた時に胸の中に浮かんだ甘い想い。
だけど今は苦く、哀しく。
こんな想いなら、
(泡になって消えてしまえ)
楽しげに言葉を紡ぐサトシを目に映しながら、そんなことを頭の片隅で強く思った。