脱走
朝起きて、学校に行って、授業を受けて、家に帰る。
延々と続くワンパターンな生活の繰り返し。
そんな日々は平穏で、しかしそれゆえに退屈で。
この日常を非日常に変える出来事が起こればいいのにと何度も願った。
だけど何も変わらなくて、願うことを止めようとした時。
「穴場発見っ!!」
目を見開いた私の前に、太陽の光を背中に浴びて向日葵みたいに笑うあいつが現れた。
「ナーミっ」
名前を呼ぶ陽気な声に顔を上げ、頭の上で大きく手を振りながら駆け寄って来るルフィを視界に入れて目を細める。
「サボりか?」
「あんたもでしょ」
「来るの早いな」
「別に」
「何聴いてるんだ?」
「サンジ君に借りたCD」
「美味いのか?」
「その質問はおかしいわよ」
私の横に立つルフィに言葉を返しながらイヤホンを外す。
そして、いつもはもっと続くはずのルフィとの一問一答がルフィの沈黙によって止まったことに気づき、眉を寄せる。
「ルフィ、どうし……!!」
そう口を開きかけた時、いきなりルフィに壁に押し付けられ、驚きに目を見開く。
何か叫ぼうにも口を片手で塞がれ、それも叶わない。
密着した体に一気に体温が上昇するのを感じ、少しでも離れようとルフィの胸板を力一杯押そうとして、
「モンキー・D・ルフィっ!!何処にいる!!」
突如響いた、野太い教師の声に体を固めた。
歩き回る足音が耳に届き、そして徐々に大きくなる音に声の主が近づいて来ることを理解して体が強張る。
頭上から小さく舌打ちをする音が聞こえて、更に体が密着した。
服越しに伝わるルフィの体温にか、それとも現在進行形で迫り来ている危機に対する緊張からか。
五月蝿いくらいの心臓の音が聴覚を支配して、他の全ての音が聞こえなくなった。
「行ったか……?」
少しして耳に届いた呟きに顔を上げると、ルフィは用心深く辺りを窺っていた。
そして、教師の姿が見えないのを確認して安堵の息を吐いた。
「ったく、しつこいんだよなー」
ルフィは呆れ声でそう言いながら私から体を離し、うんと体を伸ばした。
それを見上げて、だけどすぐに顔を俯け、まだどきどきと早い鼓動をする心臓を服の上から押さえる。
(こんなにどきどきしたの……久しぶり)
徐々に落ち着きつつある鼓動にそう考えて、少し強めに服を握りしめる。
「ナミ、どうかしたか?」
私が立ち上がらないことに気づいたルフィが心配そうに声をかけて、私の前に屈み込んだ。
ルフィといるとどきどきする。
一人の時は全く味わえなかった事が、ルフィと居るとたくさん味わえる。
そんな非日常的な出来事は、予想していた以上に快感で私を病みつきにさせた。
だから私はあんたと過ごせる時間が好き。
そう言ったら、ルフィはどんな顔をするだろうか。
考えながら、黙り込んだ私を不安げな目で見てくるルフィに向かって口を開く。
「此処に来るときは撒いて来いって言ったでしょ!見つかったらどうするつもりだったのよ!」
「ごっ、ごめんっ!!」
「あんた、ここに立ち入り禁止!」
「ええっ!!?ナミ、ごめんって!もう絶対しないからっ!だから、立ち入り禁止だけは止めてくれっ!」
私の言葉にルフィは必死に謝る。
その姿が可笑しくて、堪えきれなくなった私は大口を開けて笑い出した。