「鏡音レン君だ!」
そう言って、3年生を知らせる赤のリボンを胸元に結んだ見知らぬ先輩は、キラキラと顔を輝かせて両手を握ってきた。
「え…と、あの」
新緑色の髪と目を記憶から探し出そうとするが当てはまる人はなく、戸惑いの声が零れる。
「初音に教えてもらったの。王子様みたいな新入生がいるって」
面と向かって王子様って。突然の恥ずかしい言葉に顔に熱が集まる。それを隠そうと握られた手を振りほどこうと試みるが、思いの外力は強く未遂に終わった。
「すごいねぇ。金髪碧眼ってほんとに王子様みたい!」
覗き込むように目を見られれば、生き生きとした緑に視線を奪われ、体は勝手に動きを止める。
「あの、先輩」
「神威めぐみだよ。グミでいいから」
「グミ先輩……一ついいですか」
「ん?」
ことんと小首を傾げた彼女に、言おうとしたことを一瞬忘れてしまった。
あぁ、もう。なんでこんなに。
「……近い、です。ギャラリーが見てます」
「え?」
ぱちぱちと目を瞬かせた後、先輩は自分の周りを見回した。
その視界に入るのは、人、人、人。
そりゃ、昼休みの廊下のど真ん中でこんなことしてたら人も集まる。
物珍しそうな好奇の目やリア充爆発しろとばかりの嫉妬の目に小さく息を吐き出す。
しかし、その中にニヤついた笑いを浮かべる姉の姿を見つけて、思いっきり睨みつけた。(しかし、悲しいことに効果はない)
「えう、あ…」
ふと先輩が意味のない声を発して、目の前の彼女に視線を戻す。
驚いたことに、先輩の顔は耳まで赤く染まっていた。
「グミ先輩?」
「!?」
周りを見たまま固まってしまった様子の彼女に控えめに名前を呼ぶ。すると肩が大きく跳ねた。
さっきまでは生き生きと輝いていた新緑の瞳がゆっくりと俺を見て、
「ご、ごめんなさいーーっ!!!」
脱兎の如く、走り去ってしまった。
残されたのは中途半端な高さで手を止めた自分一人。
これからどう動くとばかりに向けられた目は見ずに、ゆっくりと手を握る。
まだ、その手の中には彼女から与えられた熱が残っていて。
それが無くなってしまうのは、どうしようもなく嫌だと思った。