知らない誰かが名前を呼んだ。
初めて呼ばれたはずなのに、その声はずいぶんしっくりと耳に馴染んで、そして胸の奥を震わせた。
泣きそうな顔をしているのはなぜですか。泣きたくなるのはどうしてでしょう。
喉の奥がひり、と痛むのを感じながら慎重に口を開く。
自分の背が低いことをこの時ばかりは感謝したい。零れ落ちるのをぎりぎりで耐えている涙が流れないから。
「初めまして、エースさん」
マザーに教わった名前を音にする。既に何度か口にしていたというのに、本人に届けた途端に想いが溢れた。
ぼろぼろ落ちる涙を慌てて拭おうとして、先に温かな手が頬に触れた。
潤んだ視界の中で薄く笑う相手の頬にも幾筋の涙が伝っている。
「デュース、泣かないでよ」
「エースさんこそ泣いていますよ」
そう言えば苦いものを食べたような顔になったのが可笑しくて、泣きながら笑った。