そんな彼等の恋事情
夕暮れ時のハナダ岬。
手すりを握って、遠くを見る。
頭の中には数時間まで彼氏だった男の声が響いて、消える。
頬を撫でる風は冷たくて、目頭が熱くなって。
「なんだよ、また振られたのか」
耳に届いたからかい声に、涙の気配が消えた。
「……うるさい。何の用よ」
「別になんの用もねえよ。ただハナダのリーダーが振られたって聞いたからからかいに来ただけだ」
「死ね」
前を向いたまま殺意を込めて言うが、後ろに立った存在からは笑いが返ってくるだけで。
「ほんと、あんたって性格悪いわね!」
低い笑い声に振り返った私は、目に入った姿に一瞬言葉を忘れた。
「なに、その顔」
思わず呆けた声でそう言うと、右の頬を赤くしたグリーンがあぁと口角を上げる。
「なんか引っぱたかれた」
「あんたが悪い」
「なんでだよ。まだなにも言ってねえだろ」
「言わなくても分かるわよ」
どうせ何人も女連れてたんでしょ。
言えば、そうだと答えが返ってきて大きく息を吐き出した。
そんな私を見て、グリーンはで?と疑問符を投げかけてくる。
「お前はまた我が儘言いたい放題言って、愛想尽かされたのか?」
「なによ、我が儘って」
自然と低くなった声に、グリーンは肩を竦めて見せた。
その動作が尚更苛々を募らせる。
ぎりっと奥歯を噛んで、手すりを離れる。
そのままグリーンの横を通って岬から降りる階段へと向かおうとして、
「いつまでそうやってるつもりだ?」
その声と、右腕を掴んだ手に足が止まる。
「……なにが?」
顔を上げて探るように覗き込んでくる目を睨み返す。
そうすれば、グリーンは息を吐き出して手を放した。
「……お前さ、次はどんな男と付き合うわけ?」
ふっとグリーンが零した言葉に、はあ?と眉を寄せる。
「そんなの知らないわよ。ああ、でもイケメンで従順なのがいいかな」
「で、また捨てられるパターンか」
「っ、今度こそ絶対別れないわよ!見てなさいよ!」
そんでご飯奢らせてやる!と挑戦状を叩きつけると、グリーンは面白い物を見るような目で私を見た。
そして、
「じゃあ、また別れて、それで次に誰もいなかったら俺が付き合ってやるよ。な、いいだろ考えだろ、カスミ」
私の髪をぐしゃぐしゃとしながら言った言葉に、目を見開く。
しかし一つ息を吸って気づく。
これはからかいだと。
「生憎、元チャンピオンのトキワのジムリーダーはお呼びじゃないの」
言って、グリーンの手を払い除ける。
残念なんて笑いながら言うグリーンを尻目に、今度こそ歩き出す。
背中にあたる暮れかけの陽光が、足下に長い影を作る。
不意に強く吹いた風が、背中を押して、
「ハナダのジムリーダーがお呼びなのは、雪山に半袖でいるマサラの引き籠もりだもんな」
耳に届いた言葉に、階段に踏み出しかけた足が止まる。
(────ああ、本当に嫌な奴。)
私の心の中を荒らして、乱して。
自分はそれを見て笑うのだ。
体の横で拳を握り、後ろを振り向く。
なにを言いたいのかなんて分からなかったけど、黙ったままじゃいられなくて。
でも。
「なんだよ?」
そう言って笑うグリーンの表情は逆光でほとんど分からなかった。
だからきっと気のせい。
その笑みが、いつもの強気なんてかけらも感じられないくらいに弱々しくて泣きそうなものに見えたなんて。
きっと、ただの見間違いだ。