「練習中に来ないでって、何回言ったら分かるのかしら?」
そう言って、誠凜高校バスケ部監督は目の前の長身金髪男を睨みつける。
「監督さんって怒った顔も可愛いっスね」
「……黄瀬君、技かけるわよ」
そう脅されても、黄瀬はにこにこと笑ったまま。
対するリコははぁと苦い息を吐き出す。
「あのねぇ、何度も言うけど君がうちに来ると困るのよ」
そう言うリコの頭には、黄瀬に群がって体育館までやってくるファンの姿が浮かんでいた。
彼女達が体育館にいるおかげで、部員達の気が散って練習に差し支えているのだ。
「じゃあ、キスしてくださいよ」
「はい?」
「監督さんが俺にキスしてくれたら、誠凜に来ないようにしますから。……一週間くらいは」
突拍子もない黄瀬の提案にぽかんとしてしまったリコの耳には、最後に付け足した呟きは届かなかった。
「……わかったわよ」
「へ、マジッスか?」
数秒考える素振りを見せた後、リコが不機嫌な声で返した承諾の言葉に黄瀬は目を丸くする。
そんな黄瀬にリコは屈むように手招きをする。
キスをする方がマシなほど、自分がいるのが迷惑なのか。
だけどキスをしてもらえるなんて、こんな嬉しい展開をみすみす逃すなんて選択肢はない。
複雑な心情をしながらも彼女が届くように屈み、
「あでっ!!?」
びしっと額を叩かれて、声を上げる。
「か、監督さん何するんすか!」
「それはこっちのせりふよ。キスなんてするわけないでしょ、ばーか」
頬を赤くしながら睨みつけてくるリコに、黄瀬は彼女を抱きしめたい衝動に駆られる。
そして衝動のままに彼女を抱きしめようとして、
「カントク。メニュー終わりましたよ」
「うわぉ、黒子っち!!?」
突然リコの後ろに現れた黒子に体を仰け反らせる。
「あら、すぐ戻るわ。黄瀬君、しばらく来ないでよ!いいわね!」
そう言い残して体育館へと走っていくリコの背中を、黄瀬は残念そうな表情で見送る。
「もう少しだったのになぁー」
「……黄瀬君」
「ん、なんすか黒子っち」
「一回死んでください」
「な、ひどいっすよ黒子っち〜!」