とある昼下がりの自分の部屋。
ベッドの上に寝転び、ヘッドフォンで新曲を聴きつつ楽譜に目を通していたら、不意にヘッドフォンを外された。
「レン君」
そして代わりに耳に流れ込んできた、心地よい声。
ばっと振り返れば、いつの間にかベッドの脇にめぐっぽいどことグミさんが立っていた。
俺のヘッドフォンを右手に持ったグミさんは、俺と目が合うと少し目をつり上げて、レン君と再び俺の名前を呼んだ。
「音量大きすぎ。何回も呼んだのに気づかないなんて」
「そうなんですか、すいません。これからは気をつけますよ。だから、それ返してください」
自分では大きすぎるなんて思ってなかったけど、一応形だけは反省しているふりをする。そして、グミさんの持つヘッドフォンへと手を伸ばす。
しかし、グミさんがその手を上げたことで俺の手は空を切った。
体を起こして眉を寄せる俺を、グミさんは先程より怒った表情で見る。
「レン君、話があるんだけど」
「後じゃ駄目ですか?俺、今日中に曲のイメージ掴んでおきたいんで」
「なんで私のこと避けるの?」
その真剣な声に、続けようとした言葉が喉に張り付いた。
真っ直ぐな目が俺を射貫いて、胸の中で何かが蠢き出す。
何か、黒くてドロドロした、抑えの効かない汚れた感情が。
「……別に避けてなんか」
「嘘。最近、全然話してくれないし、話せてもすぐに打ち切るし」
「そうですっけ?グミさんの気のせいじゃ」
「それに!」
誤魔化し笑いをする俺を遮って、グミさんが俺の両頬を白くて柔らかい手で挟み込む。
「っ!」
「目、合わせてくれない」
彼女の緑の瞳に、目を見開いた俺の姿が映っているのが見えた。
鼻の先が触れそうなほど近く、ともすれば互いの息だって感じ取れそうで。
耐えきれずに視線を下へと落とせば、その先には白い肌。
グミさんの衣装が替わったあの日、不可抗力で見てしまった時以来の胸の谷間。
どくり、と一際大きく心臓が鼓動した。
そして、胸の奥のドロドロとした感情が、一気に湧き出してきて、
「っ、きゃあ!?」
気づいたら、グミさんの手首を掴んで、ベッドの上にグミさんを押し倒していた。
「れ……レン君?」
グミさんは何が起こったのか分からないといった様子で俺を見上げる。
その声と瞳が困惑に染まるのを見て、俺の中で何かが弾けた。
「グミさん。本当のこと言うと俺、グミさんがバージョンアップした日からグミさんのこと避けてました」
それを暴露する俺の頭の中では、あの日のことが鮮明に映し出されていた。
それまでの服よりも露出の多くなった新しい服。
偶然、ぶつかりそうなほど近くの距離に寄ってしまった俺の目に入ったのは、緑の超ショート丈のタンクトップの下のミク姉やリンよりはでかくて、メイコ姉さんやルカ姉さんよりは小さい、ほどよい大きさの胸。
その後の俺はもの凄い慌てようだったのに当のグミさんは全く平然としていて。
グミさんにはその程度としか、「男」としては見られていないと思い知った。
それから、恥ずかしさと気まずさからグミさんを避けるようになった。
だけど、本当はもう一つ。
あの格好のグミさんを見ると体の芯が熱くなって、彼女の体に触りたい、目茶苦茶にしたいって欲望が俺を動かそうとした。
自分が何をしてしまうか分からなかった。
それが怖くて、グミさんとは会わないようにしていたのに。
「なのに、何で俺の所に来たんですか?」
その言葉と共に、グミさんの細い手首を掴む手に力がこもる。
「グミさんが悪いんですよ」
絡めた視線の先の、緑の瞳が揺れる。
「レン……く、ん」
鼓膜を揺らす、グミさんの声。
本当に、グミさんは馬鹿だな。
その声が自分を更に追い詰めていることを分かってないんだから。
貴女のすること全部が俺を突き動かしているのに。
もう俺を止めるなんてできないんですよ。
「グミさん、俺のこと嫌いになって良いですから」
自分で吐き出したその言葉が辛うじて残っていた、俺の理性をぶち壊した。