+1.4kg
「ナミネ、大丈夫?」
ソラとふざけ合っている時に聞こえてきたのはカイリの心配げな声。
しかも呼んだ相手がナミネだったから、俺は目をカイリの声がした方へ向けた。
「どうしたんだ、カイリ?」
視線の先には木陰に立つカイリとナミネ。それとその隣の木に背を預けて本を読んでいるリク。
俺の声に気づいたカイリがナミネの肩に手を置きながらこっちを向いて、
「ナミネ!?」
ぐらりと傾いだナミネの体を慌てて抱きとめた。────リクが。
俺はその瞬間に、状況を飲み込めていないソラをそこに置いて全速力で彼女の元へ走る。
「ナミネ、大丈夫か!?」
「……うん、平気。ちょっと立ち眩みしただけだから」
久しぶりに外に出たからかな。リクに支えられながらナミネは笑ったが、無理をして笑っているのがバレバレだった。
「強がるな。全然平気なようには見えないぞ」
「……平気よ」
同じことをリクも思ったみたいで、その整った顔をしかめ面にさせながらナミネに言う。
ナミネは虚勢を張るが、リクに体を支えられている今の状況じゃ説得力は皆無。
「だから、止めときなさいって言ったのに」
カイリの咎めるような声に、ナミネがしゅんと落ち込む。
「止めるって何を?」
「聞いてよ、ロクサス。ナミネったらね、」
「か、カイリ!!」
「ダイエットしてるのよ」
ナミネが慌てて声を上げてカイリを遮ったが、カイリはそれを無視して言葉を続けた。
「ダイエット?」
「ナミネが?なんで?」
俺が言おうとした言葉を、追いついてきたソラが先に口にする。
俺達の問いかけにナミネは顔を赤くしてカイリを睨みつける。しかし、カイリに全く効果が無いのが分かると唇を噛んで黙り込んでしまった。
「まだ健康に悪い方法でやってたのか」
「だ、だって……」
「ちょ、ちょっと待って!リクは知ってたのか!?」
溜め息混じりに苦言を呈したリクに慌てて声をかける。そうすれば、リクは何でもなさげにあぁと頷いた。
ソラの方を見れば、俺と同じ驚いた顔をしていて、俺たち二人だけが知らなかったことを理解する。
途端。そんなことを思ってる場合じゃないと思ったけど、凄く苛々を感じてしまった。
(なんでリクは知ってんだよ……っていうか、いい加減ナミネから離れろよ)
そしてその苛々は、一番にナミネを支えるリクへと向かう。
「なんで俺たちには教えてくれなかったんだ?」
「ソラにはしゃべっても良かったんだけど……」
ソラの質問に答えながらナミネがちらりと俺を見る。そして、俺の機嫌が悪いのを察したのか、びくっと肩を震わせた。
「私が、ソラはロクサスにバラしそうだからやめときなさいってナミネに言ったの」
「えーなんだよ、カイリ。ひどいなぁ」
カイリがそう言うと、ソラが頬を膨らませる。
「俺には秘密にしたかったわけ?」
なるべく不機嫌なのが表に出ないように気を遣ったけど、バレバレだったみたいで全員が目を丸くして俺を見る。
「どうなんだよ、ナミネ?」
「だって……、ロクサスに重たくなったなんて知られたくなかったもの」
口ごもりながらそう言ったナミネに、はぁと溜め息を吐く。
それで幾分苛々が薄らいで、ナミネの気持ちとかを考えることができるようになった。
「太ったくらいで俺がナミネのことで嫌なこと言うと思ったのか?」
「ふ、太ったって言わないでよ!もうっ、ロクサスはそういうデリカシーに欠けてると思う!」
「悪かったよ。……でもさ、ナミネがそれだけの理由で俺に秘密にしてたんなら、俺傷ついたんだけど」
「あ……ご、ごめんなさい」
はっと透き通った青の瞳を瞠り、謝るナミネに言い過ぎたかなと視線を逸らす。
前から注がれる、ナミネのこと悲しませるんじゃないわよ的なカイリの責めるような視線が痛かったのもあるけど。
「ロクサス」
名前を呼ぶ声に横目にソラを見れば少し怒った顔で見られて、首の後ろを掻く。
まあ、確かに今のは俺も悪かった……よな。
そう考え、一つ深呼吸をして顔を上げる。
「ナミネ」
名前を呼んで、彼女の細い腕を掴む。
ナミネの体は凄く壊れやすそうで、彼女の体に触れるのは少し怖い。
「ナミネはダイエットなんてしないくていいよ。今でも十分軽いし細いよ」
「でも、カイリの方が軽いんだよ?」
そう言うときゅっと薄いピンクの唇を結ぶナミネ。
ナミネは偶に凄く頑固で、きっとこれ以上俺が何を言ってもダイエットは止めないだろうことはすぐに分かった。
だから。
「でもさ、」
「っ!?」
ナミネの体に手を回し、それと膝の下に手を入れて、ひょいと抱き上げる。
突然のお姫様だっこに、ナミネは言葉を発することもできない。
「ほら、やっぱり軽いだろ」
「〜〜っ、っ!!」
本心を口にすれば、ナミネは顔中を真っ赤にして口をぱくぱくさせる。
その様子が面白くて、顔を背けてぶっと吹き出す。
「も、もう下ろしてよ!重たいからっ!」
「だから重たくないって。むしろナミネは軽過ぎだから。ダイエットしないって言わないと下ろさない」
「ロク!」
「どうする、ナミネ?」
俺の言葉にナミネは暫く逡巡し、
「っ……わ、分かった。ダイエットやめる」
眉を寄せて、小さな声でそう言った。
「そうそう。素直でよろしい」
からかい口調で言ったけど内心は安堵の気持ちが大きかった。
ナミネが倒れかけた時に感じた、心臓を氷の手で掴まれたような嫌な感覚をもう味わいたくない。
「ロクサス、下ろして」
少し怒った声でそう言うナミネ。きっと俺の心配とか分かってないんだろうな。
そう考た時、不意に既に鎮火していた先程の苛立ちを思い出し、
「まだ下ろしてあげない」
告げる言葉にナミネが抗議の声を上げる。
だけど、それは聞いてあげない。
「俺を怒らせた罰だから」
自分で思っていたよりも引きずっている苛々を解消するためにも、もう暫くナミネの反応を楽しむことにした。
「っていうか、ナミネはどういうダイエットしてたんだ?」
「食事制限」
「ナミネったらそれだけなのよ。体に悪いから、運動しなさいって言ったのに」
「だって運動したくない」
「もうっ、まだそんなこと言って!でももう分かったでしょ?今度はちゃんとご飯は食べて運動すること!分かった?」
「……わかった」
「運動ならさ、ロクと一緒にすれば良かったのに」
「ロクサスと?」
「そーそー。ベットでさ、ちょっ、なにすんだよ、ロクサス!!?」
「何言おうとしてんのお前!?」
「なんだよ、純情ぶって!お前だってナ」
「うるさい、しゃべるなぁああっ!!」
「うわっ!キーブレード使うなよ!二刀流はずるいぞ!」
「ソラは一体何を言いたかったの?」
「さあね。きっと大したことじゃないから忘れて良いんじゃない。……リク、あとよろしくね」
「あぁ」