オンボロ車に飛び乗って
ガシャン!!
隣の部屋から聞こえてきた音に、むりやり夢の世界から叩き起こされる。
何の音だろう。全神経を研ぎ澄ませて隣のハリーの部屋の様子を伺うと、ひそひそと話す声が聞こえてきた。それから、すぐ近くから車のエンジン音。道路よりももっと近く、窓のすぐ外から。
(まさか!)慌てて窓に駆け寄り外を見ると、そこには古びた車が宙に浮かんでいた。
あんぐりと口と目を見開く。もっとよく目を凝らせば、座席には見たことのある赤毛の男の子達。ウィーズリーだ!私の見ている前で、車のドアが開いてウィーズリー達がハリーの部屋へと入っていく。さっきの音は窓格子を外した音だったんだろう。
(きっとハリーを心配して来たんだ。)
廊下をいくつかの足音が静かに通っていく。隣の部屋からはバタバタと動き回る音がしている。
それらの音を拾い、ぎゅっと窓枠を掴む。良いなぁ、ハリーはこんな友達がいて。吐き出しかけた息を、唇を噛んで閉じ込める。
それほどかからずに、再び足音が扉の前を通った。どくんどくんと心臓は大きな音で鼓動する。
車が動き出して慌てて壁際に体を隠す。そっと外の様子を見ていたらハリーと双子がトランクを押し込んでいた。ハリーの荷物はあれで全部。今にも出発しそうなハリーに、拳を握りこむ。
私は、私だって────。
どうにかトランクを荷台に積み込んだ時、部屋の方からヘドウィグの大きな鳴き声が聞こえてきた。
それから階下でパパとママが起きた音も。
パタンッと扉が開く音がして、けたたましい足音が階段を上がってくる。
「ハリー急いで!」
ヘドウィグの籠を受け取りながら、ロンが焦った声でハリーを呼ぶ。ハリーも車に飛び乗った。
大きなエンジン音を轟かせて、車がゆっくりと動き出す。
(バイバイ、ハリー。)
その時だった。
エメラルドの目が私を捉えたのは。
「ッ!」
私に向けて伸ばされた手に、目を見開く。
なんで。私を。
ハリーがなんでこんなことをするのか分からない。思考がストップしてしまう。
それを動かしたのも、ハリーの声だった。
「!一緒に行こう!」
その言葉が夜の空気に消えるより早く、気づいた時には右手をハリーに向けて伸ばしていた。
背後で乱暴にドアノブが回る音がして、照明の光が室内を照らして──────、
「っ!!」
ハリーの手を握った瞬間、そのまま強い力でグンッと引っ張られた。
「!戻りなさい!」
宙に浮いた足をパパが掴もうとするのが視界の端に見えた。
「ハリー!」
叫ぶように名前を呼んだ私を、ハリーが車内に引き上げる。勢いがついて、そのままハリーの胸にぶつかった。
「車出して!」
ドアは開けっぱなし。急発進で落ちないように、ハリーは私の体を抱きしめながら運転席に向けて怒鳴った。
直後に一際大きなエンジン音を鳴らしながら車は上空へと高度を上げていく。
「ちゃん!」
ママの金切り声が下から追ってきて、ぎゅっと心臓を掴まれたような感覚を覚えた。ごめんなさい、ママ。
それでも、私は。普通じゃない世界を、魔法の世界をもっともっと知りたい。ここに閉じ込められるのはもう嫌なの。
「、大丈夫?」
頭の上から心配そうに声をかけられて、今更ながらハリーの腕の中にいることに気づいた。
私を受け止めたハリーの体は想像していたよりずっと広くて、逞しくて。
ハリーはもっと薄っぺらでひょろひょろで、頼りないと思っていたのに。
「だ!大丈夫、だから!」
顔に熱が集まり出したのを感じて、慌ててハリーから距離を取る。
こんな顔、ハリーに見られるわけにはいかない。
「…………ねえ。僕、前の座席に行っちゃダメ?」
不意にハリーの奥から不貞腐れたような居心地の悪いような声がして、ようやくそこにロン・ウィーズリーがいることに気づいた。
かあああっと顔から全身へと熱が広がっていく。
人生初の家出をして1分。全身が熱くなるほどの羞恥に、車を降りて空にダイブしたくなった。