偶然じゃない

ちゃんは、こいつと話しちゃダメよ」
階段下の物置の前で、ママから初めてそう言われたのはいつだったか。
到底部屋とは言えない場所だけど、そこは確かに部屋だった。
住んでいるのはいとこのハリー。
この家で一緒に暮らして、もう10年になる。



「あっ」
向かいから歩いてきた誰かの体がぶつかって、アイスが地面に落ちた。
まだほとんど食べていなかったのに。地面にできた染みに、すぐに後ろを振り返る。
ぶつかった相手の大人は私を気にすることなく、どんどん歩いていく。大人の男のくせに謝りもしないなんて!
腹立たしくて、背中を思いっきり睨みつけた。
すると、突然その人が顔からこけた。道行く人たちが驚いて注目する。起き上がってそそくさと立ち去る姿に、フンッと鼻を鳴らす。いい気味!バチが当たったのよ。
実はこういうことがたまにある。腹が立った時、相手がちょっとした嫌な目に合う。偶然なんだろうけど、何回もあるものだからもしかして私には不思議な力があるのかななんて錯覚してしまいそうになる。

、大丈夫?」
ハリーの声に前を向く。いつの間にここまで来たんだろう。
「えっと……僕の食べる?」
ハリーが自分のアイスを私の方に差し出していた。食べかけのアイス。きっとハリーはアイスを食べるのなんてとっても久しぶりだろう。
「いらない」
ぷいっとそっぽを向いて歩き出す。後ろから、美味しいのになぁなんてぼやきが聞こえた。


「うそ」
ドンドンとガラスケースを叩く音に、目を見開く。
蛇の硝子ケースの中。そこにいたのは蛇じゃなくて、取り巻きの子の一人だった。
異常事態と床を這う蛇に、客達は悲鳴を上げて館内はパニック状態になった。
客達が走り回る中、問題の蛇のガラスケースの近くにハリーがいた。
顔は真っ青で今にも倒れそう。遠くから騒ぎに気づいたパパがやってきている。悩む暇はほとんどなかった。
人波をかいくぐって、硬直状態のハリーの腕を掴む。そのまま出口へかけ出そうとする流れに紛れ込む。

!ぼ、僕はなにも……!」
「わかってる」
本当はなんにもわからないけど。とりあえずいつものように頷いて、ハリーを落ち着かせることにした。
たまにハリーの周りでは変なことが起こる。不思議で、不可思議で、まるで魔法みたいな出来事。
ハリーが引き起こすおかしなことは嫌いではないのだけど、まさか今日起こるなんて。
(あーあ。なんて誕生日だろう。)


そんな衝撃的な事件の後、夏休みのある日。私のささやかな世界は崩れることになった。


その日、家の中に大量の手紙の雨が降った。リビングが白い封筒で埋め尽くされる。異常な光景の中、手紙を掴み取ろうとするハリーを、必死の形相で阻止しようとするパパ。
そして、半分狂ったようなパパに連れられて、私達一家とハリーは当てもない逃避行をすることになってしまった。

そして、今。
荒れ狂う嵐の音を背中に受けながら、大男が私とハリーの目の前に現れた。
雷が鳴って、男の姿を浮かび上がらせる。ハリーのシャツを握って、なんとか悲鳴を飲み込む。
「おー、ハリーだ!」
小さな目を細めて笑いかけてきた男に、隣のハリーを見れば戸惑った顔をしていた。ハリーは相手が誰か知らないみたい。だけど、相手はハリーの反応なんてお構いなしに嬉しそうにハリーに話しかけて、時々不思議なことをしてみせながら、そして最後にこう言った。

「ハリー、お前は魔法使いだ」

ハリーが魔法使い。
三回頭の中で繰り返して、そうなんだとすぐに受け入れた。蛇のガラスケースが消えたのも、髪がすぐに伸びたのも魔法だったんだ。
今まで見てきた不思議な出来事を思い出して、その理由が分かって納得した。

「そして、これはお前さんにだ」
「……え?」
なぜか私にも差し出された封筒に、ぱちぱちと瞬く。ハリーと同じ封筒。
・ダーズリー 様』
そこに、自分の名前が書かれていた。

パパの怒号とママの悲鳴が聞こえてくる。
ハグリッドが渋い顔をして、嫌なら来んでもいいんだぞと少し投げやりに言う。

ハリーと同じ、魔法の学校への入学許可書。
それはつまり、今まで偶然だと思っていたあれこれが魔法だったということ。
これまで誰にも言えずに閉じ込めていた疑問がするすると紐解かれて、頭の中がぱあっと明るくなっていく。
パパ達が慌ただしく階段を降りて来る音に、ハリーの腕を引いて小屋の扉の前まで走って行く。


「私も行きたい!私も、魔法の勉強がしたい!」


不思議な力、魔法の力が本当に私にもあるのなら。
私は、私の力を試したい。
魔法の世界を知りたい!
雨粒が体を叩くのも服が濡れるのも気にせず、パパとママ、それからハグリッドに向かって宣言する。


「ダメって言うなら、ここからハリーと一緒に飛び降りるから!」
「ええ……」
巻き添えを食らったハリーは、とても嫌そうな顔で私を見ていた。