隣に君
息をする音さえ聞こえそうなほど、静かな大広間。そこにいる全ての生徒や先生が見つめているのは、椅子に座った男の子──ハリー・ポッターの組み分けだ。
心臓が飛び出しそうなくらいバクバクと激しく鼓動している。なんで自分のことじゃないのにこんなに緊張してるんだよ。
痛いくらいの沈黙に耐えられず、すごく気分が悪くなってきた。やばい、吐きそう────!
「ロン」
その時。囁くように名前を呼ばれ、右手が温かい手に包まれた。
とても安心する、僕の大好きな手。ゆっくりと隣に顔を向ける。
「大丈夫」
短いけれど、しっかりとした声に緊張の糸が緩んだのを感じた。
「ほら、深呼吸して」促されて肺いっぱいに息を吸い込み、それから大きく息を吐き出す。それだけで今まで感じていた気持ち悪さが嘘みたいに消えてしまった。
「平気?」
「うん。ありがとう、」
「どういたしまして」
表情を緩めたに、つられて頬が緩んだ。
「グリフィンドーーーール!!!!」
組み分け帽子が大広間中に向けて叫んだ直後、グリフィンドールのテーブルから耳を押さえたほどの大歓声が上がった。
テーブルにふらふらした足取りで向かったハリーを出迎えて握手をするパーシー。一際騒がしいのは双子のフレッドとジョージ。
「兄さん達、めちゃくちゃ目立ってるね」
呆れ顔でそう言ったに、なんとも言えず言葉を濁す。
「あそこに自分が入るのかと思うと、ちょっと複雑かも」
「でもロンはグリフィンドールが良いんでしょ。ハリーも無事に選ばれたしね」
「それはもだろう」
「……そうね」
返答する前に一瞬目を逸らす。それが少し気になったけど、次の生徒の組み分けが始まったからそっと口を閉じる。
そう。なんだかんだ文句を言っても、きっと僕達はグリフィンドールに決まってる。────決まってるはず。
周りの生徒達は次々と組み分けをされていき、気づけば残るのは僕ととあと2人だけになった。
うわ、もう呼ばれるかも。にわかに心臓の鼓動が早くなっていく。繋いだままの手をぎゅっと握る。
「ロナルド・ウィーズリー」
先に呼ばれたのは僕の方だった。名前を呼ばれ、心拍数が一気に跳ね上がる。
「ロン」の声。さっきのように深く深呼吸をしてを見る。の目が少し揺れているような気がした。も緊張してるんだろうか。
「行ってくるね」
「うん。ロンなら大丈夫だよ」
瞬きを一つした後、励ますように笑ったに勇気をもらう。前を向いて一歩踏み出そうとした時、それまで僕の右手を包んでいた手が離れた。
どうにか転ばないように椅子の前まで辿り着く。ごくっと生唾を飲み込んで、意を決して椅子に座った。膝の上に置いた手が自分ではどうしようもできないくらい震えている。
組み分け帽子が髪の毛に触れる。どうかグリフィンドールに……!!
「またウィーズリー家の子か。もう君の寮は決まっておる。────グリフィンドール!!」
視界が暗くなったのはほんの一瞬で、すぐに帽子は大きな声で叫んだ。広くなった視界の中で、グリフィンドールのテーブルが沸き立つのが見えた。
(僕、やったんだ!グリフィンドールだ!!)
兄さん達やハリーに拍手で歓迎されながら、体の奥から湧き上がってきた嬉しさと誇らしさを噛みしめる。
「あとはだね」
「だってすぐに決まるさ!なんてったって、僕の姉さんなんだから!」
ハリーにそう言い切って、マグゴナガル教授を見つめるの横顔を見る。
「・ウィーズリー」
前に進み出て、椅子に座る。組み分け帽子がの頭を隠す。
そして、すぐに組み分け帽子が口を開く────
「……なんで?」
こぼれ落ちた呟きに、答えは返ってこない。
組み分け帽子はなかなか口を開かなかった。パーシーも双子も、険しい表情でのことを見つめている。
僕の時はすぐだったじゃないか。ウィーズリー家は寮が決まっているって。なのに、なんでは。
ドクドクと血が全身をめまぐるしく駆け巡り、じっとりとした嫌な汗が背中を伝う。
「────よし、それなら」
帽子の嗄れた声に、弾かれたように背筋が伸びる。
鍔が動くのが、やけにスローモーションに見えた。
「君は────ハッフルパフ!!」
反対側のテーブルから割れんばかりの拍手と歓声が上がる。
組み分け帽子を外され、僕より濃い赤色の髪がふわりと肩に落ちた。
目を伏せて歩き出したを、呼吸も忘れて追いかける。
ハッフルパフのテーブルに着く直前、不意にがこっちを、僕を捉えた。
(ごめんね、ロン。)
の悲しげに笑った表情に、もうなにも考えられなくなった。