「あーあ、降ってきちゃった」
「え?」
隣を歩く友達の声に首を傾げれば、彼女は「ほら」と窓の外を指さした。
身長の何倍もある大きな窓の外は曇天の空。
そして、そこからはらはらと落ちてくる白色。
「この調子だと、明日積もるかもね」
「えー、やだぁ。魔法薬草学あるのに」
「移動するの面倒だよね……あれ、?おーい、置いて行っちゃうよー」
随分と先まで行ってしまっていた友達から名前を呼ばれても、その声は耳を通り抜けていった。
窓の外の白から目が離せない。
――だってこれが、初めて見た雪だったから。
*****
「っ、さみぃ」
「ああ、ごめん。起こしちゃったかい?」
剥き出しの肌を撫でた冷たさに強制的に意識が引っ張り起こされて、原因を探せば部屋の窓が開けられていた。
そして、その側にいたジェームズが笑いながら謝罪の声を送ってきた。全然悪いと思ってないだろ。
その証拠に、ジェームズは窓をそのままにクィディッチの練習着に着替え始めた。
舌打ちをして、嫌々ながらも窓を閉めるためにベッドから這い出す。
「うわ、やっぱり積もったか」
窓際まで来て外を見て思わず声を上げた。
遥か眼下、いつも見慣れている緑はそこにはなく、一面の銀世界が広がっていた。
生まれてから今まで何度も見てきた景色ではあるけれど、一年ぶりに見る光景に少しばかり胸が躍る。
「シリウス寒いよ……閉めてもらえないかな?」
「おお、悪い」
恨めしそうな声に振り返ると、布団から亀のように顔だけ出したリーマスと目が合った。
ジト目で見てくる悪友に慌てて謝りを入れ、窓に手をかけ、
「シリウス?」
銀世界の中に、一つの人影を見つけた。
ざく、ざく。
一晩でしっかり積もった雪にしっかりと靴跡を刻みながら、同じように雪に残された、自分よりも随分小さな靴跡を辿る。
(なんで俺こんなことしてんだ。しかも、こんな朝っぱらから。)
白い息を吐いて、自分の行動に疑問を浮かばせながらも足は前へ。
そして、じんわりと汗をかき始めた頃――ようやくを見つけた。
「おい」
「きゃああああああっ!!?」
別に足音も気配も消していたわけではないのに、は悲鳴のような声を上げてこちらを振り返った。
大きく見開かれた、小動物のような怯えた目が俺の姿を捉えて、ぱちりと一つ瞬き。
「っ、シリウス。お、おはよ」
ビックリしたよー。大きく息を吐いて言うに、こっそりと息を吐き出す。
(驚いたのはこっちだっての。)
悪戯仕掛人のプライドにかけて、言葉には出さないが。
「――で、。お前は一人で何してんだよ?」
そして早々に、ここに来た理由である疑問を口にする。
雪の中を一人で歩くを見つけた時。
いつもなら必ず誰かといるが、たった一人で雪の中にいることに疑問を持った。
しかしすぐに、そのわけは朝食の時に聞けばいいと思って窓を閉めた。
――それなのに、今聞かなければという想いが湧いてきて、気づけばローブを羽織って寮を出ていた。
今行かなければ、が消えてしまう。そんな馬鹿みたいな気持ちには、気づかないふりをしながら。
俺の問いかけに、はきょとんとした顔をして、それから照れくさそうに笑った。
「雪、積もったから」
「……雪?」
「私、南の育ちだから雪初めてで。遊びたいって思ったけど、みんな雪があんまり好きじゃないみたいだったから」
一人で遊ぼうかなって。へへっと真っ赤な頬を掻くの指は、よく見れば赤くなっていて。
「……シリウス?」
掴んだ手は、引き寄せた体は、予想通りすっかり冷え切っていた。触れているこっちが痛いと感じるほどだ。
――一体、どれだけ外にいたのか。
きっとこいつは、雪が珍しくて嬉しくて、時間も忘れて遊んでいたのだろう。
「まったく世話の焼ける……」
常々、彼女の友人達が口にする小言を思い出して、大きく息を吐く。
怒られるとでも思ったのか、腕の中に大人しく収まっていたがぴくっと体を震わせる。
「」
「は……はい?」
見上げてくる目は、不安げに揺れていて。
「今度から絶対俺に声かけろ。一緒に遊んでやるから」
俺の言葉を最後まで聞くと、キラキラと輝き出した。
「ほんとに!?いいの!?」
「いいよ。いくらでも付き合ってやるよ」
「いくらでも!!?」
さらに目を輝かせたに、しまったと思ったのは一瞬で。
「シリウス、ありがとう!!」
雪に反射した陽光のような眩しい笑顔に、それ以外は何も見えなくなってしまった。