Waiting for vacancies

ぐすぐすと鼻を啜る音に、階段を抜き足差し足で上っていく。
上り終えてそっと廊下の角を覗き込めば、壁を背に蹲っているがいた。

「また喧嘩したのかい?」
頭上から声をかければは膝に押し当てていた顔を上げた。
いつもは太陽みたいにキラキラ眩しく輝いている目が、今は涙に濡れている。
「シリウスが悪いんだもん」
「そうかい」
泣き腫らした目元を拭いながら睨むように見てくるに、いつもの調子で軽く言い返す。
そして少しばかり距離を空けて壁に凭れかかる。
僕が黙れば、あとは静かな廊下に流れるのはが鼻を啜る音とどこかで鳥が鳴く声だけ。
向かいに見える空は群青色になって、ちらほら星が瞬いている。

「・・・・・そんなに泣くなら別れればいいのに」
「やだ」
吹き込んできた夜風に紛れるように吐息とともに零した言葉に、即答された。
びっくりして横を見れば、眉を寄せたと視線がかち合う。

「シリウスが私に愛想尽かして、別れろって言うまでは絶対別れてやらない」
そう宣言してくるの目は、強い光を灯していた。
さっきまでめそめそと泣いていたものと同一とは思えないほどに、強い意志を持った瞳。
「シリウスを狙ってる女の子達は、すごく残念に思うだろうけどね」
「・・・残念がるのは女の子だけじゃないかもよ」
「え?なに?」
苦笑するに、かすかに笑いを含ませた言葉を返す。
だけど立ち上がってスカートの埃をはたき落としていたは聞こえていなかったようで、問いかけるのと一緒に小首を傾げてた。
その動作が可愛らしくて、赤く腫れた目元へと手を伸ばして、

「見つけたぞ、っ!!」
の向こう側に現れたシリウスの大声が、静かだった廊下に反響した。
大股で近づいてくるシリウスに、は素早く僕の後ろへと体を隠す。
首を回して縮こまるを見て、目の前まで来たご立腹な様子のシリウスを見る。
「シリウス」
「なんだよ、ジェームズ。俺はに話があるんだよ。だから、そこを退け」
「君、と別れる気はあるかい?」
「は?」
「ジェ、ジェームズ!?」
シリウスが疑問符を上げて眉を寄せたのと、が慌てた声を上げたのはほぼ同時だった。
「ちょ、ジェームズ、何言って・・・!」
「どうなんだい、相棒?」
服を引っ張られたけど、今はシリウスから目を逸らさない。
挑戦するようにグレーの目を見続ければ、怪訝そうな表情から真剣なものへと変わった。

「別れるわけねえだろ。は俺のだ」
少しの迷いもなく、シリウスが言い切った。

後ろからが息を吸う音が聞こえてきて、静かに息を吐き出して口元を緩める。
「それなら、あまりを泣かせるなよ」
「・・・うるせー」
「まったく、君は・・・。ほら、いつまで隠れてるつもりさ」
シリウスの肩を拳で軽く叩いて、まだ隠れたままのを前へと押しやる。
は無言のシリウスに暫く視線を泳がせて、「ごめん」と小声で言った。
シリウスはと言えば盛大に息を吐き出して、ぐしゃぐしゃとちょっと乱暴にの髪を撫でた。
まったくシリウスは不器用だな。
痛いと言いながらも嬉しそうなの横顔を見ながら、呆れにも似た感情でそう思う。

「あんまり暗くなる前に戻っておいでよ」
二人の世界に入り込みそうになる二人に言い残して、ひらりと片手を振って踵を返す。
「ジェームズ、探しに来てくれてありがとう!」
「いいよ、気にしないで・・・・・あ、そうだ」
の言葉に足を止めて、後ろを振り返る。

「ねえ、。君達が別れないで残念がるのは、女の子だけじゃないからね」

つい数分前に口にしたばかりの言葉を、今度はしっかりとに聞こえるように告げる。
がクエスチョンマークを頭上に掲げて首を傾げる。
そんな彼女の隣から警戒する視線を向けてくるシリウスに、口元が緩やかに弧を描いた。