アーモンドクッキー

、このクッキー最高だよ!」
「チョコケーキも上手いな。まあ、俺はもう少し苦い方が好きだけど」
「シリウス、のお菓子に文句言うなら食べなくて良いから僕に渡しなよ」
「うっせえ、ばか。誰がの菓子をお前なんかにやるか」
そろそろ本格的に寒くなってきた、とある休日の昼下がり。
温かな木漏れ日の下で繰り広げられるジェームズとシリウスの口論に、はははと小さく渇いた笑い声を出す。
「ねえ、!このジャムのクッキーまた作ってよ!」
笑顔のジェームズは明るい声でそう言って、ちょっと遠いところに座っているリーマスを見る。
ううん、正しくはリーマスの影からこっちの様子を窺っているを見た。
ちょっとだけ顔を覗かせていたは、ジェームズの声に傍目にも分かるくらいにびくりと体を震わせた。
そして、小柄なは完全にリーマスの影に隠れてしまう。
シリウスが無言でジェームズに批難の目を向けて、ジェームズも少しばつの悪そうな表情になった。
そんな彼等を見ながら、手元の包みからクッキーを一つ取り出す。
一口囓ると生地に練り込まれたアーモンドのほのかな甘さが口に広がって、自然と口元が緩んだ。
こんな美味しいお菓子を作れるなんては凄いな。
そう思いながら、こんな美味しいお菓子を独り占めしていたリーマスに少しやきもちを妬いた。


僕達がに出会ったのは、一月ほど前のこと。
その頃、不定期にリーマスがとても美味しいお菓子を持って帰ってきていた。
誰にもらったのかと聞いてもリーマスは教えてくれなくて、それなら勝手に探るまでだとリーマスの後をつけた。
そして、ハッフルパフの女の子とお菓子を食べているところを見つけた。
は僕ら三人を前に暫く固まって、そして尋常じゃないくらいにがたがた震えた。
後からリーマスに聞けば、はとてつもない人見知りだったらしい。リーマスも今みたいに打ち解けるのには随分と時間がかかったんだって。
その話を聞いて、に悪いことをしたなって思った。
だけどそう思ったのは僕だけだったみたいで、シリウスとジェームズはと打ち解けてやるとやけにはりきっていた。しかも、どちらが先に仲良くなれるか勝負しているみたいだし。


だけど、リーマスが言ったようになかなかの人見知りの壁を越えるのは大変だった。
こうしてお茶会とも言えない小さな集まりに参加するのも五回目だけど、と交わした言葉はごく僅か。
しかもこっちが一方的に話しかけてる感じで、から話しかけてくることなんて無い。
ここからは見えないに話しかけているリーマスを見て、無言の睨み合いを始めたジェームズとシリウスへと視線を移して、クッキーを取り出して半分くらい囓る。

「ピ、ピーター」
「っ、ごほっごほっ!!?な、なに?」
突然、ちょっと震えた声で名前を呼ばれて、吃驚して思わず咽せた。
そして横を見ればいつの間にそこに来たのか、すぐ近くにがいて、また驚いて大きな声が出た。
だって、こんな至近距離でを見るのは初めてだから。
今までリーマスの傍を離れたことのないが一人で目の前にいることがちょっと信じられなくて、微かに震えている彼女をじっと見てしまう。
その視線には怯えた目で足を後ろへ引く。
だけどリーマスの所に走って帰ることはなくて、胸の前で握っていた掌に力を入れて口を開いた。

「く、クッキー、ど、どうだった?」
「お、美味しかったよ?あ、このアーモンドのが特に美味しかったな」
つっかえながら早口で言い終わると、じぃっと見てくる
手に持っていたクッキーを見せながら伝えたら、急にの顔がぱあっと輝いた。
初めて見るの怯えた以外の表情に、ぱちぱちと瞬きをする。
の表情の変化に驚きを隠せない僕に、頬を上気させたはあのねと切り出す。
「リーマスにね、ピーターはアーモンドが好きだって聞いたから作ってみたの。えっと、よ、喜んでもらえて良かった」
はにかみ笑いをしながら、が照れくさそうに言う。
その笑顔はとても可愛らしくて、ぽっと胸の中に何か温かな気持ちが灯った。
「とっても美味しかったよ。ありがとう。また食べさせてくれたら嬉しいな」
だから、僕にしては珍しいことに緊張することもなくすんなりと思ったことが言葉に出来た。
それを聞いたがまた笑ってくれたのが嬉しくて、僕まで自然と笑顔になって、

そこで、向けられる底冷えのする三つの視線に気づいた。

「ピーター?」
静かな声で名前を呼ばれて、ぎぎぎと音が鳴りそうな首をゆっくりと横へ回したら、さあっと血の気が引いていった。
「随分と仲睦まじい様子だねぇ」
「あぁ、そうだな」
そう言うのはジェームズとシリウスで、二人揃って後から覚悟しとけよっていう恐ろしいオーラを纏っている。
それになぜかその向こうにいるリーマスまで二人と同じ、ううん、二人よりもずっと黒いオーラを纏っていた。いつもと変わらず笑顔なのが逆に怖い。

「あ、あのね、ピーター。今度一緒にお菓子作らない?」
セーターを掴んで、精一杯って感じに問いかけてくる
期待と不安が入り交じった目で見つめられて、負のオーラに冷え切っていた心臓がどくどくと鼓動をし始める。
その頼みを断る理由なんてなくて、だけど、の声は三人にも聞こえていたようで負の濃度が濃くなって。

「ピーター?」
の笑顔を見れて尚かつ一緒に過ごせる時間を取るか、その代償として負の感情全開の仲間からの予想も出来ないえぐい仕打ちを受けるか。
まさに天国と地獄の選択をする中で、さっき飲み込んだアーモンドクッキーがやけに甘く感じた。