いつでも、あなたの虜

『今日のラッキーアイテムは桃です』
雑誌の占い欄にあった文章に、桃なんてあるわけないじゃないかと突っ込む。
今は真冬。この季節に桃なんて手に入るわけないのに、ラッキーアイテムにするなんてこの雑誌は意地悪だ。
頬を膨らませて雑誌を、ベッドの上に放り投げる。
別にそこまで占いを信じているわけではないけど、ちょっとは気にしてしまうのはしょうがないと思う。
「桃ってさぁ・・・」
鞄に机の上の教科書を詰め込みながら、諦めきれずに溜め息とともに呟いて、
「あ、あった」
こつんと指先に当たった硝子の瓶に、ぱあっと気分が明るくなった。



「おはよう、
紅茶を注いでいたら、頭上から声をかけられた。
顔を上げれば、見慣れた4つの顔。
同寮の同級生にして、多分ホグワーツ一有名な悪戯仕掛人がそこにいた。
「おはよー、ピーター。と、悪戯仕掛人の諸々」
「諸々って、は朝から酷いなぁ」
「あはは、ごめんって。リーマス、おはよう」
挨拶をしてくれたピーターに言葉を返して、笑いながら他の面子にも声をかける。
そうすると、リーマスの苦笑混じりの声が返ってきた。

ちょっと顔色悪いな。
いつもよりも不健康な青白い顔色に心配な気持ちになったけど、それを悟らせないように笑い返す。
だってこの前そう言ったら、何でもないよって逆に気を遣わせてしまったから。
だけど心配な気持ちを無くせるわけじゃないから、新しいカップにココアを注いで、隠し持っていたチョコを入れる。
元気になりますようにと願いを込めて。
「じゃあ、お詫びにチョコココアをどうぞ」
「しょうがないから、それで許してあげようかな」
ピーターと一緒に正面の席に座ったリーマスに差し出すと、リーマスはかすかに笑いながら受け取ってくれた。
その時に触れた冷たい指先がちょっとでも温かくなればいいなって思いながら、さっき注いだ紅茶を飲もうとして、
「シリウス、どったの?早く食べないと変身術遅れるよ?」
まだ立ったままのシリウスに気づいて首を傾げる。

あれ、そういえばジェームズは?
そう思って辺りを見回せば、扉のところでリリーになにやら興奮気味に話しかけていた。リリーは凄く不機嫌な顔だけど。
ジェームズも相変わらずだけど、リリーもなぁ。
平行線を続ける二人に苦笑を零していたら、不意に顔の上に影がかかって、
「やっぱり。、香水つけてるだろ」
「!!?」
長身をかがめて顔を寄せてきたシリウスに目を見開く。
桃の香水をつけたのは本当だった。それは夏休みの間に買った物で、持ってきてたけど存在を忘れていて、今日初めて使った。
だけど、つけ過ぎちゃってあまりにも香りが強かったから、シャワーで洗い流したんだけど。

「そ、そんなに匂うかな?」
心配に思ってリーマスとルーピンを見れば、ううんと首を横に振られた。
、香水つけてたんだ。全然気づかなかったよ」
「さすが犬だね」
「るっせえ」
なにやら意味ありげなリーマスに言い返して、シリウスが私の方を見た。
そしてさっきよりも距離を縮めて、ちょっとだけ考える素振りを見せる。
「・・・これ、桃か?」
その言葉に驚いた。
自分で嗅いでみても分からないのに、なんで分かるんだろう。
「うん。シリウス、鼻いいんだね」
「まあな。・・・・桃、ねぇ。どうせのことだから、花言葉とか知らないんだろ?」
「花言葉?」
どうせって言葉が少し気になったけど、花言葉の方が気になって問い返す。
するとシリウスはにやって感じに笑って、
「そんなことより、うまそうな香りだな」
そう言いながら髪先を一房掴む。
一体なんだと思っている間にシリウスの顔が近づいてきて、むかつくくらい整った顔がいきなりどアップになって思わず体を引く。
だけど思いの外しっかりと掴まれてたせいで大した距離も取れずに、灰色の瞳を見ることになった。
「あの、シリウス?ちょっと近いような・・・」
じりじり近づくシリウスに、心臓がばくばくと鳴って額に嫌な汗が浮かぶ。


「ほんと、食っちまいたい」
肌に触れた熱い息と生温かな舌が頬を這う感触に、顔は一瞬で林檎のように真っ赤に染まる。


「な、なな、なにをしてんのよ馬鹿犬!」
叫びながら体を離せば、シリウスは悪戯が成功したような意地悪くにやついた表情。
からわれたのだと分かって、それでまた顔が熱くなる。
「さすがに桃みたいに甘くはないな」
シリウスはわざとらしくぺろりと赤い舌で唇を舐めながらそう言って、
「ま、今夜にでもゆっくり食べてやるよ」
まだ持ったままだった私の髪に口付ける。

瞬間、私の頭は固まって、だけど反射的に手は鞄の紐を掴んでいた。
「・・・・朝からセクハラ発言するな、馬鹿ぁっ!!」
「ばっ、やめろ!それはやば・・・ぎゃああああっ!!」
周りの目も気にしないで怒鳴って、図書室で借りた辞書サイズの本が入った鞄を振り上げる。
そして、からかいにほんの少しでも期待をしてしまった自分を殴りたい分も込めて、角で思いっきりシリウスをぶん殴った。