彼を好きな彼女が好きな少女
「ポッター、覚悟っ!!」
授業が終わって穏やかな空気の満ちた廊下に、穏やかではない少女の声が響き渡った。
そして、何かが壊れる音。
それらを聞いた生徒達は各々の動きを止めて、しかしエコーした音が消えた時には苦笑しながら行動を再開していた。
なぜなら、少女───・の声と破壊音は新学期が始まって以来、毎日のように起こるものだったからである。
頬の横を、一筋の閃光が通り過ぎていく。
ハリーは間一髪でそれを避けて、廊下の先にいる少女を睨みつけた。
「、いい加減にやめてくれないか」
「貴方が大人しくボッコボコにされたらやめるわよ!ペトリフィカス・トタルス!!」
は怒鳴るように呪文を唱えて、青い閃光がハリー目がけて一直線に放たれた。
それをまたもや躱して、ハリーはから距離を取るために走り出す。
入学して1ヶ月が経ったばかりのハリーは、彼女に対抗する呪文を使うことができなかった。
「なに逃げてんのよ!待ちなさいっ!!」
そんな怒鳴り声が追ってきたが、ハリーは速度を落とすことなく走り続けた。
「ポッターに罪はないけど、大人しくボコられて」
入学から1週間が過ぎた頃、廊下の進路を塞ぐように仁王立ちになったはそうハリーに言った。
そして意味が理解できずにぽかんとしていたハリーに向けて、杖を突きつけた。
その時の、憎しみと怒りに染まった彼女の目を、ハリーは今でも鮮明に覚えている。
幸いなことにその時はマクゴナガルが通りかかったことで、危害を加えられることは回避した。
しかしその後は毎日のように行く先々に現れては、呪いを放ってきているのだった。
(どうして僕がこんな目に・・・!)
適当に城の中を走りながら、ハリーは思う。
僕が敵対するグリフィンドール生だから?
「生き残った男の子」とか言われて注目を集めているから?
思いつく要因を挙げて、だけどすぐに違うと却下した。
たったそれだけの理由で、あんなに強い憎悪を向けられるとはハリーには考えられなかった。
それなら、一体どんな理由があるのだろう。
「見つけたっ!ポッター、覚悟しなさい!」
考えながら走っていたら、いつの間にか視線の先にがいた。
そこは狭い廊下で、避けられるスペースはほとんどなかった。
「リクタス センプラ!!」
呪文が唱えられ、閃光が向かってくるのを見ながら、ハリーは一か八か前へ走り出す。
そして閃光をかいくぐって、へと迫った。
「っちょ、なんでこっちに来るのよっ!?」
予期しなかったハリーの行動には焦った声を上げ、ぎゅっと目を瞑って両手を顔の前に上げた。
そんなを見て、元々使える呪文を覚えていないハリーは一歩手前で立ち止まる。
「別に何もしないよ」
ハリーが溜め息とともにそう言うと、は恐る恐る腕を下ろした。
「、なんで君は僕にこんなことするのさ」
そして、その問いかけに直前の恐れなどなかったかのように、キッとハリーを睨みつけた。
最初に見た時より増したように思える憎悪の色に、ハリーは足を後ろへ引く。
しかしその分だけはハリーに詰め寄って、
「貴方が、ジェームズ・ポッターとリリー・エバンズの子どもだからよ!!」
恐ろしいほどの憎悪が込められた声で、そう言った。
僕が襲われる原因が、父さんと母さんの子どもだから?
言われたハリーの頭はわけが分からず、思考停止寸前になる。
「あんたの両親のせいで、母上は幸せになれなかったのよ!」
だから、がそんなことを言っても全然理解をすることは出来なかった。
「どういう、意味・・・?」
それでもなんとか声を返せば、怒鳴って少し落ち着いたらしいが詰めた分だけ距離を開けた。
そしてぷいっと横を向いて、
「・・・・・貴方の母親は、母上の好きだった人を振ったのよ。そして、貴方の父親を選んだ」
沈黙の後に、小さな声で話し始めた。
「私は母上から彼のことを聞いて育ったわ。彼がどんなに賢くて素敵だったか。そして、どれだけ彼が貴方の母親を愛していたか」
淡々と紡がれる言葉を、ハリーはただ黙って聞いていた。
不意にの視線が自分に戻ってきて緊張を走らせたが、その目に憎悪がないことを知ると小さく安堵の息を吐く。
「別に貴方自身に恨みはないわよ。でもね、彼の話をする時の母上は本当に優しい表情で、母上が彼を本当に愛していたことが分かるのよ」
そう言って、は息を吐き出す。
「私は名家である家の出来損ないで、だけどそんな私を愛してくれた母上が、私は何より大事なのよ」
だから、と言って、はハリーの首に杖を突きつける。
「母上の幸せを奪った、貴方の両親を私は許さない」
「・・・」
「ごめんなさい、ポッター」
感情を無理に抑えた声でそう言って、憎悪のない目を伏せながらは唇を開いて、
「そこの二人、何をしておるのだ」
廊下に響いた声に、口を止めた。
ハリーは後ろを振り返り、そこにいたスネイプに眉を寄せる。
「ポッター、我が輩の寮の生徒に何かしたのではないだろうな」
「違います!むしろ僕の方が被害を受けてます!!」
近寄ってくるスネイプにハリーは必死に反論し、まだ杖を上げているを指指す。
「ミス・、ポッターに何かされていないか?」
「はい。あ、ちなみにこの杖はポッターの眼鏡を直してあげていたんですよ。ちょっと割れていたので」
スネイプに対して笑い返して、はやっと杖を下ろす。
その答えにスネイプはからハリーへ視線を移して、
「もう夕飯の時間は過ぎている。食べ損ねたくなければ、早く行くのだな」
そう言い残すと、黒いマントを翻して廊下の角へ姿を消した。
「・・・夕飯、食べに行かなくちゃ」
そう言うと、はハリーの横を通り過ぎて歩き出す。
「あのさ、」
しかし、角を曲がろうとした時に背中にかかったハリーの声に足を止め、振り返る。
の視線の先で、ハリーは頬を掻きながら口を動かす。
「君が僕を襲う理由、あまり納得できなかったよ」
「でしょうね」
「だけど、君はまた僕を襲うんだろ?」
「ええ、貴方がボコられてくれるまでいくらでもね」
「それならさ、最初の時みたいな目でいてよ」
ハリーの言葉の意味が分からず、は首を傾げる。
その動作にハリーはいくつかよく分からない音を発して、
「つまりね、襲うならいつもみたいに時とか場所とか何にも余計なこと考えないで、ただ僕をボコることだけ考えてってことなんだけど」
早口に告げられた言葉に、はますますわけが分からないという表情になる。
しかし当のハリー自身も、僕は何を言ってるんだと思っていた。
だけどそう告げてしまうほどに、さっきのの表情はあまりにも辛そうで。
のそんな表情を見るのが嫌だと思った。
「え・・・ポッターってボコられるの希望だったの?」
「・・・・・、君って馬鹿なんだね」
から返ってきた到底的外れな言葉に、頬を引きつらせて言葉を返す。
そうすればも頬をひくつかせて、無言でスカートから杖を取り出した。
結局、その後再び始まった鬼ごっこのせいで、二人は夕飯を食べ損なったのだった。