大嫌いと君へ告ぐ

「なあ、俺と付き合えよ」
目の前を通り過ぎたブロンドの髪に目を奪われ、細い腕を掴んで引き留めた。
そうして告げたそれは、ホグワーツ入学以来女に困ったことのない俺が、初めて自分から口にした言葉。
透き通るブルーの瞳が、突拍子のない言葉を言い放った俺を真っ直ぐに見る。
「シリウス、君はいきなりなにを言ってるんだよ」
背中にかけられたジェームズの呆れ声を無視して、目の前の少女の目を見返す。

沈黙が流れること4秒。
「あなた、誰?」
眉を寄せて、首を傾げた少女が返してきた言葉に信じられなかった。
誰って、俺を知らないなんてことあり得るか?
成績優秀、運動神経抜群、眉目秀麗のこの俺、シリウス・ブラックを知らないなんて。

「彼はシリウス。シリウス・ブラックだよ。、君と同学年なんだから名前ぐらいは聞いたことがあるだろう?」
愕然として言葉を無くした俺の肩に手を回し、笑いを堪えながらジェームズが少女に声をかける。
と少女を呼んだジェームズに我に返り、ばっと横を見ると同時に、「ああ、あなたがシリウス・ブラックなんだ」という声が聞こえてきた。
その言葉に気持ちが高揚して、ジェームズではなく本人からフルネームを聞こうと口を開いて、

「名前はたまに聞いてたけど、全く興味がなかったから顔は知らなかったわ」

真顔で告げられた残酷な言葉に、その場に膝をついた。
「悪いけど、お断りするわね」
力が抜けた俺の手から逃げて、は規則正しい足取りで去って行ってしまった。



「まさか、君のことを知らない子がいるなんて!あの時のシリウスの顔で暫く笑えるよ!」
呆然と寝室に戻ればジェームズに散々笑われて、腹いせに踊りと笑いの呪文を使った。(それを防ごうとしたジェームズと一暴れして寝室を滅茶苦茶にして、ルーピンから無言の重圧を受けることになった。)
ベッドに横になった俺の脳裏は、のブロンドの髪やブルーの瞳を鮮明に思い出せた。
目の前で広げた手は、の細い腕の滑らかな肌の感触をはっきりと覚えていた。

あの髪を、瞳を、肌を、─────全てを、俺だけのものにしたい。

『興味がなかったから』
彼女の声が頭の中でしたけど、それは失望を生み出すことはなく、ただ俺の中の欲望を強くさせるだけだった。



「よぉ、昨日ぶりだな」
階段を下りてくるに片手を上げながら笑えば、すぅっとが目を細めた。
「またあなたなの?本当によく会うわね」
そう言って、は訝しげに眉を寄せた。

を落とすと決意した翌日から、俺は時間を見つけてはのことを探していた。
そうして今日はとある階段で、偶然にもを見つけた。
しかも俺達の他には誰もいないという好都合な状態。

「俺のものになる気になったか?」
「お断りします」
何度目か分からない問いと、変わらない返答。しかも、即答だ。
ノーだと思ってはいたけど、少しの期待を打ち砕かれて、俺は苦笑いをする。
「じゃあ、図書室に行くから」
「ちょっと待てよ」
もう用は済んだとばかりに横を通っていこうとするの腕を掴む。
「なんで断るんだよ?ホグワーツ一の男に求められてるってのに」
「だって私、あなたのこと知らないし、それ以前にあなたには・・・」
「興味がない?」
の言葉を先に言えば、少し丸くなった目が見上げてきた。
寄ってくる他の女なんて微塵も相手にせずアプローチをしているのに、彼女の中の俺の位置は変わらないのか。

そう思ったら急に悔しさと苛立ちを感じて、の顎を掬う。
「知らないなら、教えてやる。興味がないなら、興味をもたせてやるよ」
俺の姿を映した水面のようなブルーの瞳が、俺の言葉に僅かに揺れた。
それを見ながら、顔を寄せて艶やかな林檎のように赤い唇に触れる、
「なにするのよ・・・!!」
寸前に、どんっと胸板を押されて、バランスを崩した。
そしてそのまま階段を踏み外して、数段下へと転げ落ちる。
ぶつけた箇所を押さえながら体を起こし、「!」と怒鳴りながら顔を上げ、
「いきなりきき、キスとかっ、馬鹿じゃないの!馬鹿!あり得ないわ!」
顔を真っ赤に染めてぶるぶると震えるの姿に、続けようとしていた罵声が喉の奥で消えた。
そんな俺を見下ろして、は不潔やらナルシストやら怒鳴っている。
「ブラックなんて、嫌い、大嫌いよ!!!」
そうして、去り際にが怒鳴ったことに、言葉を無くした。
階段を駆け上がり、遠くなっていく姿を見ながら、俺は身動きも出来ずにその場に座り込んでいた。

「シリウス、大丈夫かい?」
その声に反応して顔を上げると、ジェームズが心配そうな面持ちで立っていた。
「これだけアタックしても興味なしって、もう見込みは」
「嫌い・・・」
耳の奥でリフレインするの言葉を、ぽつりと呟く。
そうすると、ふつふつと胸の中で感情が湧き上がってきた。とてつもない、押さえきれない興奮が。
に嫌いって言われた!」
ジェームズを前にして大きく叫び、よっしゃあと拳を握る。
確かには俺のことを嫌いだと言った。
それは、もう俺に対して無関心ではなくなったということで。
一歩前に進んだことに喜びを覚え、それを噛み締める。
ジェームズから微妙な視線を送られたけど、全然気にもならない。

「・・・絶対、俺のものにしてやる・・・!」
今日までに何度思ったか分からない決意を口にして、ぐっと拳を強く握った。