My lovely Brother
新学期初日。
夕飯の時間のために誰もいない廊下の真ん中を靴の音を立てて歩く。
「遂に七年生かぁ・・・・・あ、」
思ったことを口に出してみたけど、全然そんな気がしない。
それが何だか可笑しくて笑いそうになった時、廊下の先に男子生徒の姿を見つけて足を止めた。
蝋燭の火を受けて光る綺麗な黒髪は遠くからでもキラキラして見える。辛うじて見える表情は少し、いやかなり機嫌が悪そうなご様子。
しかしそれとは真逆に、私の頬は抑えようのないくらいに緩くなった。
「レギュぅうううううぅぅうう!!」
「うわあああぁああぁぁあああっ!!?」
大声で名前を叫ぶと同時に廊下を疾走し、完全に無防備だったレギュラスに飛びついた。
結果、予想以上に勢いがついていたせいで危うく二人まとめて廊下にこんにちはしかけたけど、レギュラスが何とか踏ん張ってくれたおかげでそうはならなかった。レギュ、偉い。
「っ、姉さん!いきなり抱きついてくるの止めてくださいって言ってるじゃないですか!!」
レギュは突然の襲撃に大きく目を見開き、顔を赤くして声を荒げた。
「あはは、怒っても怖くないよー。ってか寧ろ可愛い!レギュレギュ可愛い!!」
「だぁぁぁかぁぁぁらぁぁぁ、止めてくださいってぇえええ!!」
大きい声で抗議されるけど、耳まで真っ赤にしてるから可愛いだけだから。あと、あたふたしてて全然怖くないから。純情少年かわいーなー。
逃げないようにさらに力を込めて抱きついて、すっかりフリーズしてしまったレギュラスの黒髪を好き勝手にぐちゃぐちゃにする。それにしてもこの髪、全然指が引っかからないのよ、どうなってんの。
そんな可愛い可愛い後輩もとい最愛の弟1との再会を人目憚らずに堪能していた時、一つの近づいてくる足音が。
顔を上げて周囲を見回すと、少し先の角から姿を現した男子生徒を発見した。ほぼ同時に相手も私達に気がついたようで、彼は灰色の目を大きく見開いた。
「シリウスっ!」
その名を口にすると、最愛の弟2(順番でいったら1?)のシリウスは眉根を寄せた。なんで。
少しむっとしたけどすぐに切り替えて、ぱたぱたとシリウスに駆け寄る。レギュと同じように抱きついてやろうかと思ったけど、両手に荷物を抱えてたからやめにした。
「久しぶり!!どう、元気?背、伸びたんじゃない?ってか、シリウスが一人なんて珍しいじゃない。いつもの三人は?」
「元気だよ。は相変わらずみたいだな」
今度は不意打ちで抱きついてやるんだからとか密かに決意しながら、一歩手前で止まって今年最初の挨拶。
すると、シリウスは少し不機嫌な様子で言葉を返してきた。だから、なんでなの。私はこんなに上機嫌だってのにさ!え、何でって?そりゃあ、私の可愛いブラック兄弟と会えたからさ!レギュラスは同じ寮だから結構な頻度で会えるけど、学年違うし彼の友達がいたりしてあんまり気楽には喋れないし。シリウスは獅子寮生だし、いつもは悪戯仕掛人の面子と一緒にいるから話しかけるなんてほとんど不可能。
なのに今日は二人と、しかも同時に会えるなんて!新学期早々、なんて幸運!!
「?」
奇跡だわーとか考えてたら、シリウスに訝しげに名前を呼ばれた。
どうしたと聞いてくるから何でもないと返せば、シリウスは窺うように私を見てくる。
まーたイケメソ度上がったなぁと相変わらずの整った顔を感心しながら見て、そういえばと昨日からさんざん耳にした噂を思い出す。
「シリウス、家出したんだって?」
それをそのまま口にすれば、シリウスは驚いた顔をして、それから気まずそうに視線を逸らして黙った。
何の返答も無かったけど、その反応と沈黙が答え。
実のところその話は夏休みの間に両親から聞いていたんだけど、シリウスの口から直接聞かない限りは信じないと勝手に決めていた。
だけど、当の本人が口には出さなかったものの態度で肯定と答えていて、そっかぁと私は言葉を零した。
「だからレギュラスがあんなに機嫌悪いのかぁ」
「別に悪くないですよ」
納得しながら呟くと横から不服そうな声。後ろを振り返ってレギュラスを見ると、不機嫌どころか憎しみのこもった目でシリウスを睨みつけていた。
しかもそれに応じるようにシリウスもレギュラスを睨みつけたりしたから、何だか不穏な空気が流れ始めてしまった。
「ちょっと、やめてよ。お姉さんは仲の良い君たちが好きよ?」
間に割り入ると、ブラック兄弟は暫し睨み合いを続けた後、同時にそっぽを向いた。昔はこれで仲直りだったのになぁ・・・・。
一触即発の危険は免れたものの、相変わらずピリピリとした空気の二人に吐き出しかけた息を寸での所で飲み込む。
あー、昔は私の言うことは何でも素直に聞く可愛い子どもだったのに・・・・いや今も可愛いですよ?ちょっと反抗期入っちゃってるけど、主に兄の方。って、今は違う。
回想に浸りそうになる意識を何とか浮上させて、
「私はいいと思うよ」
最初に話を聞いた時から思っていたことを口に出すと、二人が凄い勢いで私を見た。(あ、驚いた顔はそっくりだ。)
「・・・・は?」
「姉さん!」
「確かにシリウスの行動はブラック家とか他の純血主義にとっては異端扱いだけど、私はシリウスが選んだことなら応援するよ」
鋭い声のレギュを無視して、私の言葉の真意を探るように見てくるシリウスを真っ直ぐに見返す。
そして灰色の瞳の奥が揺れたのを見て、にっと笑って口を開く。
「だって、シリウスは私の自慢の弟だからね!!」
弟が自分で考えて決めたことを否定したりしないよ。お姉さんは可愛い弟のことは全力で信じてますから。
「・・・・弟・・・ね」
「ん?なに?」
複雑そうな表情でシリウスが何か言ったけど聞き取れなくて聞き返せば、なんでもねえとそっぽを向いた。
「姉さん・・・・」
そんな反応をされたら気になって仕方が無くて、追及しようとしたところにレギュラスから名前を呼ばれる。
そっちを向けばレギュラスが非常に不服そうな顔で見てきて、瞬時に彼の表情の真意に思い至って破顔する。
「あ、もちろんレギュラスも自慢できるからね!レギュは可愛いし可愛いし、可愛いよ!」
「すみません、全く全然微塵も嬉しくないです」
ぐっと親指を立てながら言えば、即答でばっさり切り落とされた。どうやら図り間違ったみたいだ。
頬を膨らませて不満の声を上げるとレギュラスははぁと息を吐いた。あ、それちょっと傷ついたよ。
「そろそろ寮に戻りますよ」
ぐいっと袖を引かれ、ちょっとバランスを崩しかけるもなんとか踏みとどまる。
「ちょ、ちょっと待って!」
そのまま引っ張っていこうとするのに制止の声をかければレギュラスはむっとしたように眉を寄せ、袖から手を離すと一人で歩いて行ってしまう。
それに慌てながらもシリウスに向き直り、ばっちり視線が合ったことに軽く驚きつつも口を開く。
「って訳で、シリウス!他の人がなんと言おうと私は応援してるからね!」
立場上、あんまり大っぴらには言えないけど。苦笑しながらそう付け足せば、シリウスは呆れたように笑う。
「そんなことされたら俺が困る」
「なにそれ、どういう意味よ?」
拗ねてみせればシリウスはまた笑って、私もそれにつられて笑い返す。
「頑張ってね、シリウス。・・・・・例え君がどんな道を選んでも、私はシリウスがずっと好きだから」
心の底からの気持ちを伝えて、廊下の随分先まで行ってしまったレギュラスを追いかけるために踵を返す。
「っ」
しかしその直前に名前を呼ばれてシリウスを見れば、シリウスはよく分からない、たくさんの感情が混ざり合ったすごく複雑な目で私を見ていて、
「・・・・・ありがとうな」
随分と大人びた笑みを浮かべたその口が紡いだ言葉に、瞬間、言葉をなくして。
「・・・・・・うんっ!」
だけどそのすぐ後にはしっかり笑って、もう足音の聞こえなくなった廊下を駆け出した。